
否応なく事件に巻き込まれてしまうのです
「隠れた手」(甲賀三郎)
(「盲目の目撃者」)春陽文庫
事情があって東洋ホテルの一室に
入り込んでしまった「私」は、
望まぬ結婚に関わる父と娘の、
隣室での会話を
盗み聴いてしまう。
廊下への扉に施錠されてしまった
「私」は、
やむなく隣室を通り抜けるが、
そこには父親が
死体となって…。
甲賀三郎の作品集「盲目の目撃者」収録の
最後の一篇です。
思いがけないことから
殺人事件に遭遇してしまった「私」。
疑われずにすんだと思ったのも
つかの間、怪青年が現れ、
否応なく事件に
巻き込まれてしまうのです。
さて、「私」の運命はいかに?
〔主要登場人物〕
「私」(高浜義一)
…語り手。二十四歳。
上京したものの仕事にあぶれ、
困窮していた。
脇本市兵衛
…東洋ホテルで殺害された男性。
前代議士。
娘を政略結婚させようとしていた。
脇本民子
…市兵衛の娘。二十二歳。
佐々木勝之助
…脇本と別の政党に所属している
政治家。国会議員選挙出馬予定。
民子と無理矢理結婚する。
「鳥打帽の青年」
…結婚式に乱入、警官に阻止される。
怪青年
…事件に関わる「紙片」を
民子から奪うために
「私」に接触してきた怪しい青年。
青木
…民子と婚約していた青年。
事件に関わる。
〔事件の経緯〕
①東洋ホテル
・「私」、ホテルの一室に迷い込む。
・隣室での父娘の会話を聞き取る。
・娘、外出。
・何者かが隣室に入り、異音。
・何者かが施錠、閉じ込められる「私」。
・隣室に抜け出た「私」、男の死体発見。
・「私」、男のポケットから部屋の鍵と
金銭と紙片を持ち出す。
ホテルから脱出。
②結婚式場
・鳥打帽の青年が会場に入ろうとして
警官に制止される。
・「私」、父親が亡くなっていることを
紙片にメモして娘に伝える。
・結婚式は強行される。
③事件翌日以降
・「私」の下宿に何者かが侵入。
・怪青年、「私」に接触。
・「私」、民子・青木と接触。
・「私」、佐々木と接触。
・「私」・青木と佐々木が会談。
・「私」・青木・佐々木が
怪青年を罠にかける。事件解決。
本作品の味わいどころ①
事件に巻き込まれていく「私」の恐怖
上京したものの
仕事にありつくことができず、
困窮を極めていた「私」です。
求人があるらしいと聞き知って、
いち早く東洋ホテルに到着したのは
いいのですが、そこは田舎者、
間違って客室エリアへ入り込み、
さらにはボーイの姿に驚き、
最寄りの部屋に入ってしまったという
慌てぶり。
そこから事件に関わってしまうのです。
死体のポケットから
部屋の鍵を探し出した際、
出来心から金銭までくすねてしまう、
これで逮捕されれば間違いなく
強盗殺人の容疑者となるのです。
警察こそ現れないものの、
何者かが下宿の部屋に侵入し、
家捜ししている。
怪青年が現れ、「私」を脅迫する。
警察は「鳥打帽の青年」を
自分と同一視している。
したがっていつ警察の手が伸びるか
わからない。
「私」は恐怖におののくのです。
金を盗んでしまった負い目がある以上
なおさらです。
この、事件に巻き込まれてしまった
「私」の恐怖体験こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
佐々木・鳥打帽・怪青年、悪人は誰?
民子の結婚相手・佐々木は、
民子の父親が
死亡しているのを知った上で
婚礼を強行した疑いを
持たれているのです。
そもそもその結婚も
青木を出し抜いてのものであり、
どう考えても佐々木は
悪人的キャラクターであることは
間違いありません。
しかし鳥打ち帽の青年も、
新聞発表では怪しい存在であり、
警察では何らかの形で
殺人事件に関与していると
疑っているのです。
さらには「私」に接触してきた
「怪青年」もまた、怪しい存在です。
本書収録の「盲目の目撃者」における
怪青年・緑川保は、
同じように事件に巻き込まれた主人公に
正体を隠して接触してきたのですが、
そちらは以外にも
好意的な人物であることが
次第に明らかになります。
本作品の「怪青年」は、
味方のようでもあり
悪人のようでもあるのです。
この、佐々木、鳥打帽の青年、
そして怪青年、その善悪の境界は
いったいどうなっているのか?
それを見極めることこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
不思議な縁、「私」の素性も明らかに
終盤、「私」の素性も明らかになります。
「私」は偶然にも
事件に巻き込まれた身でありながら、
事件の最大の関係者と
実はつながりがあったことが
明かされます。
詳しくはぜひ読んで
確かめていただきたいとしか
いいようがありませんが、
偶然とはいえ、そこに
必然的な「縁」を感じてしまう
不思議な魅力を創り上げています。
この、絶妙な人物設定こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
本書収録の
「盲目の目撃者」「山荘の殺人事件」
(両者とも昭和6年発表)は、
探偵小説としては
やや疵の見られる作品でしたが、
それより早く完成している
本作品(昭和4年)のほうが
完成度の高い仕上がりとなっています。
甲賀三郎、恐るべしです。
ぜひご賞味ください。
(2026.1.30)
〔誤植が多いのが惜しまれるところ〕
やはり本作品にも誤植があります。
⑴288頁8行目
「のたれ死をしかっていようとも…」
・「しかかって」ではないか。
⑵289頁1行目
「帝郡にいるのも…」
・明らかに「帝都」のはず。
人手不足なのでしょうか。
もし私が定年退職したら
校正担当として
雇っていただきたいものです。
〔春陽文庫「盲目の目撃者」〕
盲目の目撃者
山荘の殺人事件
隠れた手
好敵手甲賀・大下 横溝正史
「盲目の目撃者」覚え書き 日下三蔵


〔関連記事:甲賀三郎作品〕
「琥珀のパイプ」「歪んだ顔」
「五階の窓」(合作作品)
「江川蘭子」(合作作品)
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