
その印象を虚構世界の疑似記憶と置き換える
「ダークあやつり人形印象記」
(萩原朔太郎)
(「ちくま日本文学036 萩原朔太郎」)
筑摩書房
英国人ダーク
開場を知らせる鈴につれて、
舞台に一人の
外国人が現われて来た。
白髪童顔の老人であり、
古風なフロックコートを
着ている。
僕等は一見して
それがダークであることを
直感していた。
いかにも
「童話の叔父さん」と言った…。
これまで萩原朔太郎の小説については、
岩波文庫の「猫町 他十七篇」に
収録された三作品を
何度も読み返していました。
しかし筑摩書房刊の本書に、
もう一つありました。
本作品
「ダークあやつり人形印象記」です。
〔主要登場人物〕
「僕」
…語り手。幼少期に見た
人形芝居の印象を語る。
ダーク
…操り人形一座の座長。英国人。
本作品の味わいどころ①
随筆のようであり小説のようであり
一読する限り随筆です。
幼い頃に見た操り人形一座の印象を、
記憶をたどって綴ったような
作品なのです。
でもそれにしては途中の描写が
支離滅裂とも思えるような部分があり、
とても作家の書いた
随筆とは思えません。
そもそも何を伝えたいのか
わからないのです。しかし
本作品の本書における位置づけは、
「猫町」など他の小説三篇と
同じ括りにされているのです。
ということは本作品もまた
創作ということになるのです。
その支離滅裂とも思えるような
部分こそ、朔太郎の創作であり、
本作品が幻想小説として
成立している根拠となるのです。
本編部分は座長ダークの紹介となる
「英国人ダーク」、
そして興行の内容を思い出して綴った
「第一幕」「第二幕」「間幕」
「第×幕」「第×幕」「第×幕」と続きます。
その三つの「第×幕」の内容が、次第に
ハチャメチャとなっていくのです。
一つめの「第×幕」。
二人の人盗人
「チャップとトリップの喧嘩」は
ともかくとして、それに続く
「二人と棒の大戦争」
「二人が女を裸にして追い回す」
「奇妙な格好の巡査の登場」など、
いくら人形劇といえども
エログロの領域に達しています。
続く二つめの「第×幕」。
月夜の墓地での骸骨のダンス。
骸骨人形の首や腕が散り散りになるのは
ユーモアなのかナンセンスなのか
わかりません。
最後の「第×幕」。
盗賊の眠りを妨げるように
現れる鼠たち、そして長い髪の幽霊。
もはや舞台は魑魅魍魎の世界へと
変化していくのです。
この、随筆のようでもあり
小説のようでもあるという
朔太郎独特のスタイルこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
本作品の味わいどころ②
どこからが事実でどこからが創作か
そのように朔太郎が
「幻」のような筆致で描いたため、
架空の存在のように思える
「ダーク一座」、実は明治期の日本に
強烈なインパクトを残した
実在のエンターテインメント集団です。
明治の末頃から大正期にかけて
日本各地で巡業、
本格的な西洋式マリオネット
(糸操り人形)を披露しています。
その技巧は高度であり、
新聞記事や回想録にも登場しており、
当時の日本ではかなり珍しい
「本格的な西洋人形劇」として
話題になったようです。
朔太郎が本作品で描いた
幻想的な印象は、
実際に巡業を見た体験が
下敷きになっていると考えられます。
このように、素材は本物、
書き出しも随筆風、末文もほぼ随筆、
本編のみが徐々に
幻想小説へと移行するという体裁です。
油断したまま読み始めた読み手は、
知らぬ間に幻想世界に迷い込み、
摩訶不思議な体験をした後、
気づけばもとの世界へ戻っている、
そんな精神の
旅をすることになるのです。
この、どこまでが事実で
どこからが創作か曖昧な
朔太郎独特の作品世界こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
本作品の味わいどころ③
「猫町」と通じる朔太郎流の幻想小説
本作品における、
この「気づかぬうちに読み手を
虚構世界へ引き入れる」という手法は、
朔太郎の代表作「猫町」と
似た印象を受けます。
「猫町」は、
旅の途中の写実的な描写から始まり、
語り手は知らぬ間に
「猫の町」という異界に迷い込みます。
それでいて語り手はあくまで冷静、
随筆のような調子を保ったまま
結末まで突き進みます。
本作品も同じ構造です。
「猫町」と本作品は、
「幻想的散文」という同じジャンルに
属するものと考えて良さそうです。
本作品発表は昭和6年。
ダーク一座が日本で話題となったのは
それより三十年以上前の話なのです。
当時の読み手にとって
ダーク一座は過去の印象としてしか
存在しなかったはずです。
その印象を虚構世界の疑似記憶と
置き換えられるような
マインド・コントロールを、
当時の読み手は受けたのでしょう。
「猫町」においも読み手は
「認識のゲシュタルト崩壊」に
陥るのですが、本作品もまた
同様の作用を発しているのです。
この、「猫町」と通じる
朔太郎流の幻想小説の構造と作用こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
さて、この「ダーク一座」、
夏目漱石の「坊っちゃん」
(1906年・明治39年)にも
記されています。
地元の料理屋で
宴会が開かれる場面において、
「よっ、はっ、と
夢中で両手を振るところは、
ダーク一座の操人形より
よっぽど上手だ」。
この書き方で
読み手に伝わるのですから、
ダーク一座は当時よほど
人口に膾炙していたのでしょう。
漱石がもののたとえにしか
使わなかった素材を、幻想文学の
舞台としてしまうのですから、
朔太郎の空想力には
ただただ驚かされます。
朔太郎がいかに「個人の感覚」を
研ぎ澄ませていたかが
際立って見えてくるようです。
萩原朔太郎のマニアックともいえる
逸品「ダークあやつり人形印象記」を、
ぜひご賞味ください。
(2026.2.23)
〔関連記事:萩原朔太郎の作品〕
「猫町」
「猫町」(萩原朔太郎・しきみ)
「猫町+心象写真」
「青猫」
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