
その疑問こそが、19世紀パリの愛と残酷さを味わう入り口
「ことづて」(バルザック/宮下志朗訳)
(「グランド・ブルテーシュ奇譚」)
光文社古典新訳文庫
乗合馬車の屋上席での
旅をしていた「わたし」は、
臨席の青年と親密になる。
ところがその馬車が転倒し、
青年は命を落とす。
今際の際に青年は、自らの死を
直接恋人に伝えてほしいと
「わたし」に託す。
「わたし」は遺言を果たすため…。
以前、おどろおどろしい雰囲気の
「グランド・ブルテーシュ奇譚」を
取り上げましたが、
本作はその対をなす
バルザックの短篇作品です。
冒頭には
「わたしの話を聞いた青年とその恋人が
恐怖心にとらえられて…」という
不穏な一節があるため、
同系統の怪奇譚かと思い読み進めると、
その手触りはまったく異なります。
私たち現代日本人からすれば、
読み進めるほどに
「?」が浮かぶ作品かもしれません。
しかし、その違和感こそが、
本作の深淵へと誘う
最高の入り口なのです。
〔主要登場人物〕
「わたし」
…語り手。貧しい青年。
馬車での出会いをきっかけに、
数奇な役割を担うことになる。
「青年」
…「わたし」の隣席に乗り合わせた
裕福な育ちの青年。事故死の間際、
愛する人への「ことづて」を遺す。
「伯爵夫人」
…「青年」の恋人。若く美しい女性。
「伯爵」
…「伯爵夫人」の夫。田舎の貴族。
「少女」
…「伯爵夫人」の娘。
「参事会員」
…サン=ドニ聖堂参事会員。
伯爵家を訪問していた客。
「女中」…「青年」の家の老女中。
本作品の味わいどころ①
恋人は「伯爵夫人」、不倫なのか?
「恋人が自分の死を新聞で知るのは
残酷だ。どうかあなたの口から
知らせてほしい」。
事故死した青年から託された、
切実な遺言。
読み手は「きっと若く可憐な婚約者が
待っているのだろう」と
想像するはずです。
しかし、訪ねた先で判明するのは、
恋人が未婚の娘ではなく、
既婚の「伯爵夫人」であるという
事実です。
現代の感覚では
「不倫」の一言で片付けられそうですが、
ここが当時のフランス社会の
特異な点です。
19世紀前半の上流社会において、
結婚は家柄や財産を守るための
「ビジネス的な契約」でした。
そのため、
「結婚には義務を、婚外恋愛には情熱を」
という使い分けが、
ある種の社会的マナーとして
黙認されていたのです。
ここで重要視されるのは「作法」です。
不倫がスキャンダルにならないよう、
夫の顔を潰さないよう、
振る舞うのが社交界のルール。
夫人のもとを訪れた「わたし」が、
夫の目を盗んで接触しようとする
スリリングな描写は、
単なる隠密行動ではなく、
洗練された「大人の作法」としての
緊張感に満ちています。
本作品の味わいどころ②
ラブレターの返却、その意味は?
青年のもう一つの願いは
「実家にある彼女からの手紙を、本人に
返してほしい」というものでした。
なぜ形見として持っておくのではなく、
返却を急ぐのか。
ここにも当時の
シビアな「作法」が隠されています。
最大の理由は、
相手の女性を「社会的に守る」ためです。
不倫が「バレなければ許される」
危うい均衡の上に成り立っていた当時、
手紙が第三者の手に渡ることは、
夫人の身の破滅
(社交界追放や修道院への幽閉)を
意味しました。
青年が死の直前に願ったのは、
自分の死後も
愛する人の名誉を守り抜くという、
彼なりの
「究極の愛の証し」だったのです。
しかし、これは
残酷な二面性を持っています。
手紙の返却は、
夫人に「愛する人の死」と
「自身の社会的危機の到来」を
同時に突きつける
行為でもあるからです。
二人にとっての「愛の結晶」が、
社会のレンズを通した瞬間に
「破滅の証拠品」へと変貌する。
この裏表の激しさこそ、
バルザックが描く
リアリズムの真髄です。
本作品の味わいどころ③
淡々とした語り口、主題はどこ?
物語は大きな転換点もなく、
伯爵家での一日を淡々と描いて
幕を閉じます。
では、この作品の主題は
どこにあるのでしょうか。
それは、「真実の愛」が
「冷酷な現実(体面や社会構造)」の中に
静かに消えていかざるを得ないという、
やるせない真理ではないでしょうか。
語り手である「わたし」にとって、
この一日は貴族社会への
入門式のようなものでした。
友人の遺言を実行する過程で、
彼は上流社会の「作法」を
骨身に染みて学びます。
その作法は、
個人の情熱を押しつぶす
非情な装置である一方、
結末で見られるように、
相手の自尊心を傷つけずに
謝礼を渡すような
「洗練された配慮」としても機能します。
社会の清濁を併せ呑み、
折り合いをつけて生きていく。
その第一歩を踏み出した
「わたし」の精神的成長こそ、
本作の隠れた主題といえるでしょう。
1832年の発表当時、
本作は強烈な印象を残す
「グランド・ブルテーシュ奇譚」の
「引き立て役」と評されました。
確かに派手さはありませんが、
その味わいは深く、濃密です。
「グランド」が
「凄惨な報復」を描いたのに対し、
「ことづて」は
「日常に飲み込まれていく静かな悲劇」を
多角的に描き出しています。
どちらもバルザックが見つめた
フランス社会の真実。
ぜひ、二つの作品を
併せてご賞味ください。
(2026.2.25)
〔「グランド・ブルテーシュ奇譚」〕
グランド・ブルテーシュ奇譚
ことづて
ファチーノ・カーネ
マダム・フィルミアーニ
書籍業の現状について
解説/年譜/訳者あとがき

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