「古代エジプト入門」(内田杉彦)

現代にも通じる人間臭いドラマを味わう

「古代エジプト入門」(内田杉彦)
 岩波ジュニア新書

古代エジプト文明は、
統一国家という形を
とっていた点からすれば、
現代の国家の
原点と言っていいでしょう。
法や社会秩序の維持、
異なる文化や民族との
かかわりなど
現代社会における課題の多くは、
古代エジプト人もまた経験し…。

「ピラミッド」や
「ツタンカーメン」といった
神秘に満ちた異国の古代ロマン。
世界四大文明の一つとして
中学校「歴史」における最初の学習内容。
古代エジプトとは、そうした
イメージのみが語られるだけで、
その真の姿を正しく理解している方は、
歴史学者かエジプトマニアしか
いないのではないかと
思ってしまいます。
古代エジプトとはどんな世界なのか?
本書が的確に解説してくれます。

〔本書の構成〕
はじめに
古代エジプト年表
Ⅰ 古代エジプトの自然と歴史
 1 エジプトの自然環境
 2 恵みの大河ナイル
 3 古代エジプトの国土
 4 エジプトの風土と文明
 5 古代エジプト史の枠組み
Ⅱ 文明の誕生
 1 農耕と牧畜のはじまり
 2 階層社会の発展
 3 「神王」と国土統一
Ⅲ 神王とピラミッド
 1 初期王朝時代
 2 第三王朝
 3 第四王朝
 4 第五王朝
 5 第六王朝
Ⅳ 混沌と創造
 1 第一中間期
 2 中王国時代
Ⅴ 「帝国」の時代
 1 ヒクソスの時代
 2 国土開放から「帝国」の建設へ
 3 「帝国」の再建
 4 ラメセス三世と第二〇王朝
Ⅵ 古代エジプトの落日
 1 リビア系王朝の時代
 2 復興の時代
 3 伝統の継承者
 4 土着王朝の終幕
 5 アレクサンドロス大王の支配と
   プトレマイオス朝
 6 女王クレオパトラと
   古代エジプトの終焉
おわりに

本書の特徴として重要なのは、
古代エジプトを
「統一国家」としての側面から
とらえていることでしょう。
広大な土地と多くの人民を従えるには、
何らかの政治システムが必要です。
味わいどころも、当然その政治機構の
実態ということになるのです。

本書の味わいどころ①
時代のニーズに合わせた「神」

古代エジプトにおける
政治システムの一つは、
信仰心を利用した支配です。
自らを「神の化身」もしくは
「神の子」「神の使い」と位置づけ、
民衆の信仰心を巧みに利用して
国を治めている実態が
よく説明されています。
これは何も古代エジプトに限らず、
古今東西、独裁政治においては
必ず見られる手法です。

面白いのは、
王権の変化や首都の移動によって、
その王朝の「推す神」が変わることです。
初期の古王国時代は、
天空神「ホルス」が信仰され、
王権の基礎を
形成する役割を果たしています。
ここでは「王=神」という図式です。
ところが古王国時代後半に入ると、
太陽神「ラー」が
絶対化されていくのです。
そしてピラミッドが巨大化した時代、
神の定義が少し変化しています。
「王=神の息子」となっているのです。
神官勢力が強大になり、
王は「神そのもの」というよりは、
絶対的な太陽神ラーから
支配権を託された「神の子」という
性格が強まったのです。
さらには中王国・新王国時代には
国家神「アメン」が
崇められることになるのです。

その理由について整理すると、
(本書を読み解く限り)
以下のようになりそうです。
一つは出身地の神を担ぐということ。
王家がどこの都市出身かで、
その地の氏神が
ランクアップするという図式です。
もう一つは神官勢力との駆け引き。
特定の神殿が力を持ちすぎると、
別の神を強調して
権力のバランスを取るという策略です。
このようにエジプト王たちは、
時代のニーズに合わせて
「どの神の代理人として振る舞うのが
最も統治しやすいか」を
選択していた側面があるのです。
こうした神への信仰心を利用した
支配システムの妙を探るのが、
本書の第一の味わいどころなのです。

本書の味わいどころ②
食糧不足が招く政権基盤崩壊

三千年にわたる古代エジプトにおいて、
その王権の基盤が揺らぐ事態が
たびたびあったことを
本書は記しています。
食料の安定供給の破綻が
そうした王権の基盤を揺るがす原因の
一つとして取り上げられています。
ナイル川流域は
元来豊饒な土地だったのですが、
気候変動によって
飢饉となることがあったのです。
古代エジプトにおいて王は
「ナイルの氾濫をコントロールし、
秩序を維持する存在」と
信じられていたため、
飢饉は単なる食糧不足としてではなく、
王の「神格性」に疑問符を突きつける
致命的な事態となったのです。
しかも次第に官僚制が発達してくると、
「食料=給料」であるため、
経済問題としても
深刻さを帯びてくるのです。

食糧不足は第6王朝の壊滅と
古王国時代の終焉を招き、
第13王朝では国力の弱体化によって
外敵の侵入を許し、
第20王朝では給料
(当時は穀物の現物支給)の遅配により
「世界最古のストライキ」を
生じさせるなど、歴史のドラマが
本書からは読み取れます。
食糧不足が招く政権基盤崩壊の
シナリオを体感することこそ、
本書の第二の
味わいどころとなるのです。

本書の味わいどころ③
古代の栄枯盛衰を現代と比較

こうした味わいどころ①②を
現代と比較してみると、
共通点が多々見いだせます。

「支配者=神」という図式は、
戦中の日本でも見られましたが、
現代でも先の衆議院選挙の構図は
「強いリーダー」を求め、
その政策の中身を見ようとしない、
民衆の信仰心のようなものが
結果に反映されました。
海の向こうを見渡せば、
「神のように振る舞う指導者」が
何人も見られるようになりました。
それらはみな、エジプト王のように、
財をあつめるのに熱心です。

食糧不足は
発展途上国の問題だけではありません。
我が国においても
主食である米が高騰し、
庶民を苦しめています。
それは他の国々でも同様です。
その不満が発火点まで達したとき、
世界はどうなるのか?

このように
現代の社会情勢と比較したとき、
古代エジプトの繁栄と滅亡の歴史は、
そのまま現代を生きる
私たちの教科書となっているのです。
古代の栄枯盛衰から
現代社会を透かし見ることこそ、
本書の最大の
味わいどころとなっているのです。

古代エジプトと聞くと、
黄金のマスクや
巨大なピラミッドといった
「華やかな面」に目が向きがちですが、
その裏側には
「神々を政治に利用する戦略」や
「食糧を巡る切実な統治術」といった、
現代にも通じる非常に人間臭いドラマが
詰まっているのです。
当時のエジプトの人々も、
神に祈りつつ、現実的な水位計
(ナイロメーターというものらしい)の
数値をハラハラしながら
見つめていたのかと思うと、
親近感が湧いてきます。

岩波ジュニア新書の一冊ですが、
内容の濃さは
中高生向けをやや超えています。
私もたびたび立ち止まり、
調べながら読み通しました。
その作業も含めて
面白いこと請け合いです。
ぜひご賞味ください。

(2026.3.2)

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