
科学探偵、人柄の悪さはホームズ以上
「イギリス製濾過器」
(ロバーツ/井上一夫訳)
(「世界推理短編傑作集3」)
創元推理文庫
ローマを訪れていた
「わたし」とホークスは、
案内役を務めていた
ドルシーから、
日中に訪問したリボッタ教授が
何者かに殺害されたことを
聞かさせる。
教授と口論していた事務員が
犯人として拘束されたが、
現場は密室となっていた…。
アンソロジー「世界推理短編傑作集3」に
収録されている一篇です。
科学者A.B.C.ホークスが探偵役、
その相棒・語り手「わたし」が
事件の語り部となる、
ホームズ&ワトスン型の探偵コンビが
密室事件の謎を解き明かします。
〔主要登場人物〕
「わたし」(ジョンストン)
…語り手。
A.B.C.ホークス
…「わたし」の友人の学者。
カースターニ教授
…「わたし」とホークスが訪問した
ローマの細菌学者。
ドルシー
…カースターニの助手。
「わたし」とホークスの
案内役を命じられる。
リボッタ教授
…ローマの老物理学者。
何者かに殺害される。
ラヴァレロ
…リボッタの助手。有能な研究者。
カルロ
…リボッタの研究室の事務員。
リボッタ殺害の嫌疑をかけられる。
本作品の味わいどころ①
科学探偵、人柄の悪さはホームズ以上
ホームズ&ワトスン型の
オーソドックスなスタイルの
探偵コンビが事件を解決します。
ホームズ役は
科学者探偵A.B.C.ホークス。
その科学的捜査の手法や能力は
ホームズ以上です。
死体を一見しただけで、
ストリキリーネ系の毒物での
薬物中毒死と見抜き、
即死した被害者の網膜から
映像を抽出し、
正確な死亡時刻を割り出すなど、
凄腕です(それが可能かどうかは
別として)。
当然、この密室トリックも
解き明かします。
ところがこの科学探偵、
人の悪さもホームズ以上です。
いや、ホームズはプロファイリングの
必要から、人物と積極的に
会話(というより取材)するのですが、
ホークスは犯人を追い詰めるときだけ
雄弁ですが、それ以外では
あまり口を開いてはいません。
さらに癇癪持ちであり、
初対面の人間をいきなり
怒鳴りつけたりもしているのです。
本作品を読む限り、
コミュニケーション能力については
何かが欠けているようです。
だからこそ相棒となる
「わたし」の存在感が大きいのです。
この、人間性にいささか問題のある
科学探偵の人の悪さこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
これが先駆け、密室トリックミステリ
密室、といっても
「完全密室」ではありません。
人間の出入りは不可能という
小さな格子窓がある、
「不完全密室」もしくは
「条件付き密室」というべき
状態なのです。
しかし人間が出入りできないのであれば
同じことです。
不可能犯罪をどう解決するのか?
ぜひ読んで確かめてくださいとしか
いいようがないのですが、鍵は
「ナックルボーン」と「コッタボス」という
二つの遊戯にあります。
「ナックルボーン」とは
五つほどの骨(羊の距骨)を
空中に放り投げ、
手の甲で受けたり、
地面に落ちた骨を特定の順序で
拾い上げたりする
「器用さ」を競う遊びです。
古代ギリシアで
広く行われたもののようです。
日本でいえばお手玉でしょうか。
そして「コッタボス」は、
杯に残ったワインのしずくを、
指で弾いたり、
杯を振って飛ばしたりして
的に当てる遊戯です。
どちらも日本には
なじみのないものであり、
イメージが難しいのですが、
密室トリックの
一つの古典的解答例として
強い印象を読み手に与えるはずです。
この、先駆け的密室トリックこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
ちなみにその二つを使うと
どのようになるのか、
Copilotに作画してもらうと
このようになりました。

本作品の味わいどころ③
これでいいのか!?事件解決に問題あり
味わいどころ①で探偵ホークスの
人柄の悪さについて記しましたが、
それが最も強く表れているのは、
実は犯人を追い詰める
終末にあるのです。
こちらについても、詳しくは
ぜひ読んで確かめてくださいとしか
いいようがありません。
人道的に問題のある方法なのです。
もっとも、だからこそ面白いのです。
警察に引き渡して謎解きを語っても、
ちっともスリリングにはなりません。
状況証拠が完璧に
犯人を指し示しているにもかかわらず
物的証拠がない場合、
ミステリではこのような解決方法が
選択されるのはむしろ当然なのです。
この、
大いに問題のある事件解決の手段こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
さて、この探偵コンビ、
当然のこととして
シリーズ化がなされています。
「A.B.C.’s Test Case」
「A.B.C. Investigates」
「A.B.C. Solves Five」の
三つの作品集が確認できますが、
日本語訳がなされているのは、
本作品を含めて二作品のみです。
作者・ロバーツは、
日本ではそこまで広く読まれていない
作家であること、
作品の多くが短編で、
アンソロジー向きであること、
ホークス・シリーズ自体が英語圏でも
ややマイナー的存在であることなどが
理由のようです。
密室トリックはともかくとして、
この推理マシーンとでもいうべき
A.B.C.ホークスが、
他作品ではどのような推理を見せ、
どのような事件解決をし、
どのように人柄の悪さを
発揮しているのか、興味は尽きません。
東京創元社の海外ミステリ・シリーズで
取り上げてほしいものです。
(2026.3.27)
〔「世界推理短編傑作集3」〕
三死人 フィルポッツ
堕天使の冒険 ワイルド
夜鶯荘 クリスティ
茶の葉 ジェプスン&ユーステス
キプロスの蜂 ウィン
イギリス製濾過器 ロバーツ
殺人者 ヘミングウェイ
窓のふくろう コール
完全犯罪 レドマン
偶然の審判 バークリー



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