
昭和版ロミジュリに絡む、恋愛と殺人
「嵐の道化師」(横溝正史)
(「悪魔の家」)角川文庫
(「由利・三津木探偵小説集成4」)
柏書房
嵐の夜、心中を決意していた
辰弥と環を止めたのは、
辰弥の愛犬クロだった。
クロは血塗れの指を
咥えてきたのだが、
それは環の父親のものらしい。
クロの案内する方へ
駆けつけると、
そこには死体を運び出そうとする
道化師の姿が…。
横溝正史の
由利・三津木シリーズの一篇です。
資産横領の加害者の息子と
被害者の娘が愛し合うという、
日本版ロミオとジュリエットのような
恋愛から幕を開けるのですが、
事件は意外な方向へと進展します。
【事件簿27 「嵐の道化師」】
〔事件捜査〕
由利麟太郎…私立探偵。
三津木俊助…新日報社社会部記者。
等々力警部…警視庁警部。
〔事件関係者〕
藤代辰弥
…資産家の息子。
サーカス団の娘・環に恋をする。
栗島環
…サーカス団の娘。辰弥と恋に落ちる。
クロ
…辰弥の愛犬。事件を二人に知らせる。
犯人逮捕にも一役買う。
藤代哲蔵
…辰弥の父親。かつて環の父親から
資産をだまし取った。
何者かに殺害された形跡があるが
死体が見つからない。
藤代善平
…哲蔵の弟。満州で事業を興していた。
事件の翌日、東京へ到着。
栗島陽三
…環の父親。同窓の哲三に騙され、
資産を失う。サーカス団に
身を落とし、娘・環をもうける。
〔事件の経緯〕
①心中を図ろうとしていた
辰弥と環の前に、環の父親の
小指を咥えたクロが現れる。
②二人が向かった藤代邸には
多量の血痕が。
③小名木川へ向かった二人は、
死体を船に運び込む道化師を発見。
道化師は船で立ち去る。
三津木俊助も現場を目撃。
④翌朝、藤代善平、藤代邸に現れ、
事件を聞く。
⑤藤代邸に何者かがガスを引き込む。
意識不明の環を道化師が誘拐。
⑥由利・三津木、辰弥を発見、救出。
⑦由利・三津木、ボートに拉致されていた
環を発見、救出。
⑧事件解決。
本作品の味わいどころ①
因果応報?恋愛と殺人
辰弥と環の若き二人が、なぜ心中など
しなければならなかったのか?
それは辰弥の父親・哲蔵が、
環の父親・陽三の財産を
奪い取ったという過去にあります。
陽三の世話になっていた哲蔵が、
要領よく陽三の土地家屋の名義を
自身に変更、
その上で陽三を追い出したのです。
娘の結婚相手は敵の息子。
親が財産を奪い、その子が娘を奪う。
陽三からすれば、
到底認めるわけにはいかない
結婚なのです。
ところがそこに起きた殺人事件。
哲蔵が殺害され、
その死体を道化師が運んでいた。
道化師の衣装は間違いなく陽三のもの。
過去の恨みを晴らすべく起きた
殺人事件なのか?
因果応報ともいえる殺人事件の真相は?
そうなると辰弥と環の二人は、
殺人の被害者の息子と
加害者の娘の関係となるのです。
この若き二人の運命の変転こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
超能力コンビの探偵術
それを解決するのが
由利・三津木コンビなのです。
このシリーズ特有の
「推理なき探偵術」が今回も光ります。
道化師が死体をモーター・ボートに
運び込もうとする現場に、
たまたま三津木俊助が居合わせます。
それによって三津木はまたしても
警察より先に
事件捜査に着手するのです。
由利先生も負けていません。
藤代邸を訪れた際、
タイミング良く瀕死の辰弥を発見、
救出します。
その直後には、
船が沈没する直前に環を発見、
意識不明の環を救い出すのです。
「ご都合主義」などと
言い切ってはいけません。
戦前のミステリの主流は「変格もの」。
筋書きの面白さが際立つことが
重要視されていたのです。
特にこの由利・三津木シリーズは
推理よりも
由利先生の「直感」と三津木の「冒険」に
主眼が置かれているのです。
この、超能力ともいえる由利・三津木の
探偵術こそ、本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
名探偵犬クロの大活躍
実は本作品、大活躍しているのは
由利・三津木ではなく、
愛犬クロなのです。
上に記した「事件の経緯」を振り返り、
クロの活躍をたどると、
以下のようになります。
①二人の心中を止める。
②藤代邸における異変を伝える。
③犯人の居場所を知らせる。
④犯人を示唆する。
⑥異変を周囲に伝える。
⑦由利・三津木を拉致された環のもとへ
案内する。
⑧犯人に噛みついて取り押さえる。
なんと辰弥・環の命を二度も助けた上、
犯人逮捕まで行っているのです。
名探偵顔負けの事件捜査なのです。
それに比べて
由利・三津木の探偵コンビが
見劣りしてしまうのは仕方ありません。
なにせ④の段階で由利・三津木が
本腰を入れて取り組んでいれば、
のちの事件は起きなかったのですから。
もともと
由利・三津木シリーズといえば、
探偵コンビよりも
悪役の「怪人キャラ」の存在感が
勝っていました。
今回は「道化師」という薄味であり、
「怪人キャラ」が登場しないため、
より一層
クロの存在が強烈に感じられます。
この、名探偵犬クロの大活躍こそ、
本作品の第三の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。
さて、昭和14年に発表された本作品、
嵐の夜に
道化師が殺人を犯すという設定は、
小酒井不木による「大雷雨夜の殺人」
(昭和3年発表)を連想させます。
また、江戸川乱歩も
「道化師」を素材とした作品を
いくつか書いています。いずれも
「隠れ蓑」としての「道化師」であり、
時代特有の設定といえます。
「古くさい」といわずに、
精神を昭和初期まで巻き戻し、
当時の読み手と同じ目線で
楽しみましょう。
ぜひご賞味あれ。
(2018.1.19)
〔「悪魔の家」角川文庫〕
広告面の女
悪魔の家
一週間
薔薇王
黒衣の人
嵐の道化師
湖畔
〔「由利・三津木探偵小説集成4」〕
盲目の犬
血蝙蝠
嵐の道化師
菊花大会事件
三行広告事件
憑かれた女
蝶々殺人事件
カルメンの死
神の矢
模造殺人事件
付録①/②/編者解説
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