「片腕」(横溝正史)

四人の人物による告白体、真相は…。

「片腕」(横溝正史)
(「山名耕作の不思議な生活」)角川文庫
(「横溝正史ミステリ
   短編コレクション①」)柏書房

お妙が汽車にはねられた。
自殺したらしい。
お妙が間借りしていた先の
小間物屋の女将・やすは、
彼女が精神的に
不安定だったことを証言する。
彼女の夫である省吉が留守の間、
寅松という気味の悪い男が
つけ回していたからである…。

横溝正史の初期の短篇作品です。
四人の人物による告白体という
特異な形式ですが、
芥川龍之介「藪の中」のように
真相が揺らぐわけではありません。
事件は一つの真実へと
見事に収束していきます。

〔主要登場人物〕
お妙

…芸者上がりの女。
 汽車にはねられて死亡。
河口省吉
…お妙を身請けした男。
 月の半分は旅に出ている。
高木やす
…小間物問屋の女将。
 お妙に部屋を貸していた。
お豊
…やすやお妙の芸者時代の朋輩。
寅松
…お妙にまとわりつく男。
 足が不自由。
黒沢誠吾
…子爵家の次男。放浪癖がある。
 罪を犯し死刑囚となる。
木沢由良子…誠吾の婚約者。
服部亀八…人形師。

〔本作品の構成〕
小間物問屋の女将高木やすの陳述
犯人の許婚者木沢由良子の陳述
犯人黒沢誠吾の告白
人形師服部亀八が新聞記者に語った話

本作品の味わいどころ①
不気味な寅松の正体とは?

本作品は四つの部分に
分かれているのですが、
その第一章にあたる
「高木やすの陳述」では、
芸者上がりの女・お妙が
汽車にはねられて死んだ顛末が
語られます。
その陳述の中で
クローズアップされるのは、
怪人物・寅松の存在です。
何か恐ろしい事件を起こしそうな
怪人物として描かれているのです。
脚の障害については
「左の脚が鰐のように曲がった不具者」、
醜悪な容貌については
「色の黒い、恐ろしいお出額」
「顔中が深い皺だらけ」
「一目見るだけでもぞっとする」と、
その不気味さは
散々なまでに描かれてあるのです。
それだけではありません。
お妙になぶられても、
それを喜ぶようなマゾヒスティックな
性格であることも匂わせているのです。
この寅松が、
思いを募らせたお妙を拉致監禁し、
猟奇的な方法で殺害したとなると、
それは乱歩の領域となります。
横溝はその寅松に、殺人鬼とは
別の役割を持たせているのです。
この、不気味な寅松の正体を
見極めることこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
黒沢誠吾の陥った罠とは?

第一章にあたる
「高木やすの陳述」の終末に、
お妙の死亡が殺人事件であることが
触れられるとともに、
その犯人についても
暗に述べられています。
さらに第二章にあたる部分の表題に
「犯人の許婚者木沢由良子の陳述」
とあるように、殺人犯は黒沢誠吾なる
人物であることが明らかです。
その第二章冒頭では、
高木やすの接した河口省吉と、
木沢由良子の婚約者・黒沢誠吾が
同一人物であることが
明らかとなっているのです。
いわゆる「一人二役」なのですが、
本作品はそれを読み手に
謎かけするような扱いには
なっていません。
つまり本作品は
犯人捜しやトリックの解明などに
主眼が置かれているのではないのです。
「巧妙な方法で隠された殺人が
なぜ露見したのか」が
メインテーマとなるのです。
もちろん暗躍したのは
不気味な怪人物・寅松です。
この、したたかな犯罪者・黒沢誠吾の
陥った罠を想像することこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

なお、この「一人二役トリック」は、
横溝の得意技の一つです。
「悪魔の手毬唄」のように
被害者と加害者が同一人物だったという
ダイナミックな使われ方もあるのですが
こちらはそのようなものでは
ありません。
むしろ谷崎潤一郎
「友田と松永の話」(大正15年)に近い
肌触りがあります。
本作品の発表は昭和5年。
横溝が「友田と松永の話」に
触発された可能性があります。

本作品の味わいどころ③
人形師亀八は何を語るか?

「不気味な寅松の正体」そして
「黒沢誠吾の陥った罠」については
もちろん第三章にあたる
「犯人黒沢誠吾の告白」に
描かれてあります。
ぜひ読んで確かめてくださいとしか
いいようがないのですが、
本作品はそこで終わりません。
短い第四章
「人形師服部亀八が新聞記者に語った話」
が加わります。
事件と全く関係のない人形師が
なぜ最後の語り手を務めるのか?
そこに横溝得意の
「最後の大仕掛け」があるのです。
この、人形師・服部亀八が語る
驚愕の真相こそ、本作品の最後の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

本作品発表の昭和5年は、
怪奇色を前面に押し出した作品や
読み手の意表を突いたコントなど、
横溝がいろいろなミステリの形を
模索していた時期です。
告白体と一人二役トリックが
メインとなる本作品もそうした
試行錯誤の一環だったのでしょう。
戦後の金田一シリーズをはじめとした
本格探偵小説群にはない
面白さがあります。
ぜひご賞味ください。

(2018.6.1)

〔「山名耕作の不思議な生活」角川文庫〕
山名耕作の不思議な生活
鈴木と河越の話
ネクタイ綺譚
夫婦書簡文
あ・てる・てえる・ふいるむ
角男
川越雄作の不思議な旅館
双生児
片腕
ある女装冒険者の話
秋の挿話
二人の未亡人
カリオストロ夫人
丹夫人の化粧台
※なぜか電子書籍版では
 本作品と「二人の未亡人」が
 カットされています。

「夫婦書簡文」
「あ・てる・てえる・ふいるむ」

〔「横溝正史ミステリ
  短篇コレクション①」柏書房〕

恐ろしき四月馬鹿
深紅の秘密
画室の犯罪
丘の三軒家
キャン・シャック酒場
広告人形
裏切る時計
災難
赤屋敷の記録
悲しき郵便屋
飾り窓の中の恋人
犯罪を猟る男
執念
断髪流行
山名耕作の不思議な生活
鈴木と河越の話
ネクタイ綺譚
夫婦書簡文
あ・てる・てえる・ふいるむ
角男
川越雄作の不思議な旅館
双生児
片腕
ある女装冒険者の話
秋の挿話
二人の未亡人
カリオストロ夫人
丹夫人の化粧台

「恐ろしき四月馬鹿」
「深紅の秘密」

〔横溝ミステリはいかが〕

〔横溝正史ミステリ短篇コレクション〕

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