「二百年の子供」(大江健三郎)②

私たちは「未来」の萌芽を抱えた「現在」を生きている

「二百年の子供」(大江健三郎)中公文庫

120年前の「逃散」に関わる
村の様子を見てきた「三人組」は、
村の未来の姿に関心を持つ。
彼らが仲良くなった
村の子供・新とカッチャンは
「逃散」二百年クラブなるものを
つくっていた。
「三人組」は、再び
「千年スダジイ」の洞に入り…。

というわけで、
真木・あかり・朔の「三人組」は、
タイムマシンである
「千年スダジイ」の洞の中で眠り、
今度は80年後の村に到着するのです。

そこでは制服(実は軍服)を着た
千人規模の青少年が集められ、
集会が催されていました。
「三人組」は不穏分子と見なされ、
警備班から身柄を拘束されます。
集会に参加している青年たちは、
みな自由意志で集まり、
集会を楽しみにしていると
いうのですが…。
未来の村の農場長は、
朔に次のように語ります。

「国民再出発」がいわれた
時期じゃないのカッ!
国民がバラバラになって、
国の力が弱くなったといってネー。
あの時、精神純化の運動もあったネー。
憲法で国の宗教を定めて、
それよりほかの施設は教会でも寺でも
やしろでも焼きすてた。
青少年の九割が
運動に参加したやないカッ!
子供らにも、県からネー、
制服をつくって
参加するよういわれて、
ことわるのに苦労したネー。

作者・大江が描いているのは、
戦前のような自由を認めない
軍国主義ではありません。
自由意志を尊重しているように
見せかけた上で、
中央の意志を忖度させ、
表面から見えにくい無言の同調圧力で
民衆を支配する、新しい時代の
管理社会のあり方です。

大江は「三人組」の父親(モデルは
大江自身)の口を借りて、
私たちに次のように
メッセージを投げかけています。
「型にはまった人間とはちがう、
 ひとり自立してるが
 協力し合いもする、
 本当の「新しい人」になってほしい。
 どんな未来においても。」

役人によって支配・統制されている
120年前の村で、
自由のために一人で闘った
青年・メイスケの姿を
見てきた「三人組」は、
その200年後で、
偽りの自由に抗うことのない
青年たちの集まりを目撃したのです。

ともに「自由」のない
「過去」と「未来」を接続しているのは、
まぎれもなく「現在」なのです。
「未来」は
たまたまそこにあるのではなく、
「現在」の中にその萌芽を抱え、
そこから連続した先に
生まれているのです。
私たちは
「過去」から繋がっている
「現在」を生きているのと同様に、
「未来」を内包した
「現在」を生きているともいえるのです。

「過去」と「未来」を示し、
そこから「現在」のあるべき姿、
「現在」で為すべきことを
主人公、そして読み手に深く考えさせる。
これこそまさに
タイムトラベルロマンといえます。

「私の唯一のファンタジー」と
作者自らが語る通り、
渋いながらもしっかりとした
ファンタジーとなっています。
大江健三郎入門としてお薦めします。

(2018.10.8)

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