「おれのおばさん」(佐川光晴)

少年の成長物語などではないのです

「おれのおばさん」(佐川光晴)集英社文庫

逮捕された父が横領した金を
返済するため、
陽介は都内の名門中学を退学し、
伯母の運営する
札幌の児童養護施設で
生活することになる。
活力溢れる伯母とのふれあいと
激動の生活の中から、
陽介は人の生き方について
考えていく…。

事件の起きない穏やかな
日常を切り取ったような作品が、
現代の作家には目立つのですが、
本作品には事件に事欠きません。
父親が愛人に貢いで
銀行の金3500万円を横領し逮捕、
必死で受験勉強に取り組んだ末に
入学したエリート中学を退学、
母とは仲の悪い伯母が
切り盛りする施設に入居、
母は借金返済に奔走した末に入院、
ありとあらゆる事件が起き、
しまいには伯母も倒れます。

読み方に気を付けなければならない
作品のように思えます。
中学校2年生の主人公・陽介が
特殊すぎるのです。
これだけの境遇の激変に
何も動じたところがありません。
施設の仲間とも諍いを起こしません。
それどころか進学を諦めずに
エリート校レベルの
学習の質を落とさず、
常に学校内トップの成績を
収め続けるのですから。
カバー裏の紹介文には
「少年たちの成長を描いた
青春小説」との一節がありますが、
陽介は成長していません。
もともと大人顔負けの人格者なのです。
本作品は少年の成長物語などでは
ないのです。

本作品の本質は「人の生き方の
客観的な理解」ではないかと思うのです。
作者は陽介に、
かなり達観した見解を述べさせ、
自身の「人間関係観」もしくは「人生観」を
前面に押し出しています。

一例は施設の仲間の過去に
疑問を持った際の陽介の判断です。
「人と人は
 お互いの何もかもを知らなくても
 つきあっていけるのだし、
 だからこそ、
 いつかすべてを知っても、
 それまでと変わりなく
 つきあいつづけられるのだ。」

また自分の進路を考えたとき、
両親の生き方と絡ませ、こう考えます。
「母と父は、
 自分たちが歩んできた人生を、
 それぞれどんなものとして
 ふりかえっているのだろう?」

したがって本書は、
中学校2年生の陽介の目線で
語られているにもかかわらず、
本来は子どもが読む本ではないように
思えるのです。むしろ
ある程度人生経験を重ねた大人が、
それまでの自分の生き方や在り方を
振り返るための作品であるように
思えます。

そう感じつつも、中学校3年生なら、
これからの自分の生き方を
考えるための格好の一冊と
なるはずとの思いも捨てきれません。
中学生と大人の両方に
薦めたいと思います。

(2019.4.10)

engin akyurtによるPixabayからの画像

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