「千姫桜」(有吉佐和子)①

静かで激しい女の戦い

「千姫桜」(有吉佐和子)
 (「ほむら」)文春文庫

残虐と噂される千姫に
召し出された女歌舞伎一行。
一座を率いるお園は、
元武士の笛吹き・四郎と恋仲だが、
四郎が千姫の目に
止まるのではないかと心配する。
舞を始める段になって、
四郎の姿が見えない。
四郎は樹上に潜んでいた…。

四郎は千姫暗殺を企てていたのです。
しかしそれはお園にも、
そして千姫護衛の侍・主水之助にも
見抜かれています。
主水之助は千姫を守るため
樹上に神経をとがらせ、
お園は四郎を守るため
主水之助の顔色をうかがいながら
舞を踊る。
千姫・四郎・主水之助・お園の
息づまる攻防が始まるのですが、
読みどころはここではありません。

あえなく暗殺は失敗に終わり、
四郎は捕らえられます。
「男の命を助けるが
男は御殿に留め置く」ことを条件に、
お園は舞を強いられます。
ここからのお園と千姫の、
静かで激しい女の戦いこそが
読みどころとなるのです。

舞わずに見殺しにするか、
命を助けて千姫に四郎を譲るか。
その選択に
身悶えしながら踊るお園の舞を、
千姫は花見酒の
肴にしようとしているのです。
自分の命を狙った男でさえ、
飼い慣らして
自分のものにしようとする、
その強欲さだけならまだしも、
愛した男を失う女の苦しみを
自らの愉しみにできる
陰惨な性格が強烈です。

お園はしかし、そのどちらも選択せず、
千姫に四郎の縄を解くよう懇願し、
その上で舞を披露します。
すべてを察知した四郎が笛を吹き、
お園が舞う。
その場にいたすべての人間が、
お園の舞いに圧倒されるのです。
「お園が朗々と謳いだした。
 冴えた笛の音がそれに応える。
 篝火の燃え立つ中で、
 千姫だけ激しく盃を唇に運ぶ以外、
 主水之助も侍女も
 身動きならず息を詰めて
 お園の舞を見詰めていた。」

そして二人は
避けられぬ別離よりも死を選ぶのです。
「舞い終えて、
 お園はぐったりと崩れるように
 地に手を突いて頭を下げていた。
 四郎も口から離した笛を
 手につかんで、瞑目していた。」

興ざめした千姫は、四郎を含めた
一座全員の退場を命じます。
静かで激しい女の戦いに、
お園は勝利します。
桜の枝を手折るにも
優しい心遣いを示すお園。
彼女はその一方で、
芯の強い女性なのです。

史実と古典芸能に題材を取り、
美しくも強い女性を描く。
有吉佐和子の真骨頂といえるでしょう。

(2019.4.29)

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