「千姫桜」(有吉佐和子)②

千姫もまた「美しくも強い」女性なのです

「千姫桜」(有吉佐和子)
 (「ほむら」)文春文庫

前回はお園と千姫の
「静かで激しい女の戦い」を
取り上げました。
実は戦いも物語も
そこで終わりではありません。
退去後の二人の後を、千姫は追います。

武士を捨て、お園と夫婦になることを
誓い合った二人を見て、千姫は…。
「羨望のあまり彼女の誇りを
 すべて後悔として
 泣き流そうとしているのであった。
 何者かにわびたいという想いが、
 主水之助に向かって、
 彼に対する千姫のこれまでの所業を
 詫びさせねばいられぬほど
 募っていた。」

四郎とお園のやり取りを
つぶさに見聞きし、
千姫の冷たく凍った心が
完全に融かされたのです。

ここで終わっていれば、オペラの
「トゥーランドット姫」のように、
めでたしめでたしになります。
有吉はそうはさせません。
千姫に泣きつかれた主水之助に、
新たな役割を担わせます。

主水之助はその千姫に対し、
失望の表情を表します。
千姫もそれに気づきます。
「顔を上げると、今まで彼女を
 常におそれていた男の眼に、
 冷い失望の光があって、
 それは彼女の心を一瞬の間に
 氷のように凍らせてしまった。」

一度融かした千姫の心を、
再び凍らせて物語は幕を閉じるのです。
本作品は決して
お園と四郎の純愛物語などではなく、
ましてや人情物語でもないのです。
それらは背景に過ぎません。
有吉が描きたかったのは、
お園によって浮き彫りにされる、
女王としての千姫、
冷酷な心の持ち主としての
千姫なのです。

女は優しいだけが魅力ではありません。
男ですら平伏させる
熱い焔のような存在。
驕り高ぶり、
他人の心を玩ぶ氷のような心。
それこそが千姫であり、
「悪女の魅力」もまた
女性の魅力なのです。
そしてそれは男性作家の筆では
描き得なかったものかもしれません。

豊臣秀頼の正室でありながら、
大坂城落城を生き延びた千姫。
家康の孫娘として
数奇な運命を辿りながらも
戦国の世をしたたかに生き抜いた千姫。
夜な夜な美男を招き入れては殺す
「吉田御殿」伝承として
錦絵や浪曲にもなった千姫。
有吉は、それらをすべて融合させ、
千姫の物語を紡ぎ出したのです。

「倉皇として、千姫は立ち上り、
 篝火燃えさかる庭に向って
 歩き出した。
 千姫は優しくなってはならぬ。
 千姫は泣いてはならない。」

お園と対極にありながら、
千姫もまた
「美しくも強い」女性なのです。
そして本作品の主役は
あくまでも千姫なのです。

(2019.4.29)

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