「天空の約束」(川端裕人)

SFとしての完成度の極めて高い作品

「天空の約束」(川端裕人)集英社文庫

「微気候」の研究者・八雲は、
「雲の倶楽部」で
不思議な小瓶を預かる。
それ以来、
彼の事務所には
注文が殺到するようになる。
商社に勤める早樹は
天気に関わる不思議な夢を見る。
その夢に関わる黒髪の少女を、
彼女は思い出せなかった…。

前回取り上げた「雲の王」に続く、
川端裕人
気象エンターテインメント小説
第二弾です。
いささかあらすじの紹介が
わかりにくいのですが、
これは本作が
長編小説であった「雲の王」とは違い、
連作短篇集だからです。

全部で九つの短篇(以下
①~⑨で表示)から成り立つのですが、
構成はやや複雑です。
①は正体不明の男女が登場する序章。
②④⑦⑨は
微気候研究者・八雲助壱が主人公。
③⑤は日向早樹が主人公。
⑥は老婦人が過去を語る回想、
⑧の主人公・椿かすみは
②の「雲の倶楽部」の
謎のバーテンダーであり、
③の早樹が思い出せなかった
黒髪の少女であり、
しかし⑤では早樹と再会を果たし、
⑥では老婦人の述懐の
聞き手に回っています。
読み始めた段階では
八雲と早樹の2つの物語が
どこかで収束し、
壮大なドラマを創り上げるような
(村上春樹の「1Q84」のような)
筋書きをイメージしましたが、
一つにまとまるどころか
拡散して終わってしまいます。

評価が難しい作品です。
「雲の王」の続編としての
壮大なストーリーを期待すると
肩すかしを食らい、
かといって「雲の王」を読まずに
本作だけを読んだ場合は
何が何だかわからないままに
結末をむかえることになります。

でも、私は本作品の
世界観が大好きです。
気象学の最先端の知見を使い、
これまでになかった
新しいエンターテインメント小説を
構築しているのですから。
難しい知識がいくつか登場しますが、
かなり丁寧な説明が加えられています。
サイエンスフィクションとしての
完成度は極めて高いといえるでしょう。

そして見方を変えると、
本作はこのあとに続く物語の
序章なのかも知れないと思えるのです。
鍵を握る登場人物として
八雲・早樹・かすみ、
そして③⑦⑧に登場する若い医師・当麻。
これらに「雲の王」の
美晴・楓大の母子を加え、
現代と長崎被爆、
そして一族の出自のすべてが
繋がるような巨大なスペクタクルロマン。
それはすでに
作者の頭の中で完成していて、
あとは活字として編み上げられるのを
待つだけ…。などと
勝手に想像を膨らませてしまいました。

大人にも薦めたい作品です。しかし、
中学生にこそ薦めたいと思います。
2年生の理科の「天気の変化」を
学んだあとなら面白さ倍増です。

※表紙が筋書きと
 どう関わっているのか不明です。
 表紙の男は、
 八雲にしては若すぎるし、
 当麻は主役にはなっていません。
 作品を表していない表紙は
 どうかと思います。

※本書の解説は以前取り上げた
 「雲を愛する技術」
 著者・荒木健太郎氏。
 「雲の王」「天空の約束」
 「雲を愛する技術」の3冊を
 セットで読むと
 さらに世界が広がります。

(2019.6.11)

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