「白い月黄色い月」(石井睦美)

子どもの世界でありながら大人の世界

「白い月黄色い月」
(石井睦美)講談社文庫

「ぼく」はいつから
この世界にいるのかわからない。
自分のいた世界は
ここではないことはわかっている。
しかし、その記憶が一切ない。
ある日、目にした一人の老婆を、
「ぼく」はどこかで知っていると思い、
そのあとをつけていく…。

常時白い三日月の
「うすぐらい」光に包まれた世界。
主人公の少年「ぼく」は記憶喪失。
自分の名前も年齢もわからない。
住んでいるのはなぜか古びたホテル。
オーナーは人間の体にカエルの顔。
傍らの百科事典ビブリオは
生きていて語りかける。
ウサギの顔の母子と知り合いになる。
まるで「不思議な国のアリス」の
少年版です。
「ア・ボーイ・イン・ワンダーランド」と
呼んでもいいような内容です。

「ハピネス島」と名付けられている
この世界は一体何なのか?
すべてが「ぼく」にとっての
安らぎの空間なのですが、
単なる不思議の国ではありません。
終末にある程度の
種明かしがされていますが、
そこに現れる人物や事象、風景などは、
すべて「ぼく」の現実世界での
何かを象徴しているもの
(らしい)なのです。

ハピネス島を形作っている
「1の島」から「4の島」のうち、
「3の島」だけは行ってはいけないと、
「ぼく」はオーナーから
言い渡されていました。
黄色い月の輝く「くらい」その島こそ、
「ぼく」が本当に探していたものが
存在していたのです。

ハピネス島は夢の中などではなく、
「ぼく」の深層心理が表出した
アナザー・ワールドです。こうなると
ルイス・キャロルというよりも、
村上春樹の世界であり、
「1Q84」を彷彿とさせます。
向こうが夜空に二つの月が浮かぶ
異世界であるのに対し、
こちらは三日月のまま変化しない月が
四六時中空に浮かんでいる
亜空間なのです。

子どもの世界でありながら
大人の世界でもありえます。
夢のような世界でありながら
現実の欠片を至るところに
ちりばめた世界でもあるのです。
これまでいくつもあったように見えて
過去のどの世界とも異なっている
作品世界です。
読み手の感受性と想像力によって、
如何様にも姿を変えうる世界なのです。

数年前に初読した際、
40を過ぎたおじさんが読むには
辛い小説だと感じました。
しかし50を越えて再読したら、
何とも言えない不思議な魅力に
溢れている作品であることに
気づきました。

石井睦美の異色のファンタジー作品、
中学生に薦めるとともに、
疲れた大人のあなたにお薦めします。

(2019.7.5)

pixel2013によるPixabayからの画像

※本書は現在絶版中です。
 電子書籍で読むことができます。

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