「田舎」(プレヴォー)

恋心は16年間、一貫して続いていたのです。

「田舎」(プレヴォー/森鴎外訳)
(「百年文庫006 心」)ポプラ社

脚本作家・ピエエルは16年前、
自分が恋をしていた
女性・マドレエヌから
一通の手紙を受け取る。会って
相談に乗ってほしいというのだ。
彼女のもとを訪ねたものの、
面会は拒絶される。
そして彼は彼女から
二通目の手紙を受け取る…。

「女心と秋の空」。
猛暑も終わり、
だいぶ過ごしやすくなりました。
秋に入ったことを実感させられます。
だからというわけでもないのですが、
本作品を途中まで読んだとき、
頭に浮かんだのがこのことわざです。

会ってほしいと言うから
やってきたのに、
一目も会えずに追い返される。
まさに気まぐれ以外の
何物でもないように見えます。
鍵は二通の手紙にあります。

一通目の手紙。
夫が他の女性と関係を持っており、
離婚したいと考えている。
しかし周囲への羞恥の気持ちから
思い留まっている。
会って相談に乗って欲しい。

一通目の手紙を受け取った
ピエエルの思考。
はっきり書かれてはいないが、
彼女は自分と不倫することで
夫に復讐しようとしているに違いない。
彼女はまもなく40歳。
今のうちにもう一度
若い気分を味わいたいのだろう。

ピエエルは彼女の手紙の
行間を読み取ったのです。
「すべて女の手紙を読むには、
 行の間を読まなくてはならない。
 眼光紙背に徹せなくてはならない。」

彼は売れっ子脚本家でもあるため、
女性の心理の分析に長けているのです。

マドレエヌのもとを尋ねても、
彼女は姿を現しません。
かわりに受け取ったのが
二通目の手紙なのです。

二通目の手紙。
応接間で待っている
ピエエルの姿を見たとき、
自分が恋をしていたことに
はじめて気がついた。
田舎の女である自分は、結婚と恋愛を
分けて考えることができない。
夫がいる以上、不倫は不実である。
しかも貴方が自分と結婚することも
考えにくい。恋するがゆえに
自分は二度と貴方に会わない。

この微妙なニュアンスを伝える言葉を
私は持ち得ていません。
ぜひ読んでいただきたいと思います。

それにしても、
脚本作家のピエエルのさらに上を行く
マドレエヌの複雑な女心。
やはり女心は
男には理解不能なのでしょうか。

いやそうであっても、
彼女のピエエルへの恋心は16年間、
一貫して続いていたのです。
彼女自身が気付かなくとも。
決して移り変わってはいないのです。
冒頭にあげたことわざは
撤回しなければなりません。

※前回のアルツィバーシェフと同じ
 森鴎外訳ということで
 取り上げました。
 森鴎外訳は
 古風な表現・表記と言い回しで
 読み込むのが難しいのですが、
 格調高い日本語です。

(2019.9.4)

【青空文庫】
「田舎」(プレヴォー/森鴎外訳)

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