「生命の法則」(ロンドン)

自然の厳しさは、その一段上に存在していた

「生命の法則」
(ロンドン/大津栄一郎訳)
(「20世紀アメリカ短篇選(上)」)
 岩波文庫

一族の元族長だった
コスターシュ爺さん。
年老いて体の自由が
きかなくなった彼は、
食料を求めて移動する
群れには加わらず、
雪原の中で死を迎え入れる
覚悟をする。
燃えている薪が尽きたとき、
彼の命も終わる。
しかしそのとき…。

前回取り上げた「焚火」に続いて読んだ
ロンドンの短篇作品です。
こちらも自然の厳しさを
描いた作品であり、
舞台はやはり極地方と思われる
雪原です。
「焚火」は自分の死を
想像できなかった男が
雪原で凍死していく物語でした。
一方本作品は、自らその死を
受け入れる老人の物語です。

彼が死を受け入れた背景にあったのは、
いわゆる「口減らし」です。
三年連続の飢饉により、
もはや新天地を求め、
一族が長大な距離を移動しなければ
ならない事態となっていたのです。
それは決して珍しいことではなく、
彼もまたかつて自分の父親を同じように
雪原に置き去りにしてきたのです。
彼はそれを自然に生きる以上、
当然のこととして
受け入れていたのです。
「彼は泣きごとは言わなかった。
 それが生命のありようだった。
 それは生きとし生けるものの
 法則だった。」

彼が死を受け入れる姿勢には、
厳粛ささえ感じられます。

しかし、自然の厳しさは、
その一段上に存在していました。
彼の命を奪ったのは
凍てつく寒さなどではないのです。
「寒気が全身を走った。
 聞きなれた、
 長く後を引く吠え声が、
 虚空にひびいた。」

ロンドンの描く大自然は、
何と厳しいのでしょうか。
「焚火」では男のほんの一瞬の油断を
見逃さずに猛威を振るい、
本作品では死を受け入れた哀れな老人に
容赦なく牙を突き立てる。
大自然とはかくも凶暴で、
かくも無情なものであるのか。
「焚火」以上の恐怖が読み手を襲います。

しかしロンドンは恐怖小説を
書きたかったのではありません。
老人はその残酷な「死」さえ
受け入れるのです。
「なんで生命に
 しがみつかなきゃいけないんだ、
 これが生命の法則ではないか」

これが自然の中で生きるという
ことなのでしょう。
人間が自然と共に生きるならば、
そうした「死」も共に受け入れなければ
ならないということなのでしょう。
田舎で生活する程度のことを
「自然の中で生きる」と言い放っている
現代の日本人の感覚とは
次元が違います。

ジャック・ロンドンの短篇2作、
どちらも荘厳で厳粛な自然を体感できる
感動的な短篇です。
秋の読書にいかがでしょうか。

(2019.10.2)

David MarkによるPixabayからの画像

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