「金魚撩乱」(岡本かの子)

意識して求める方向に求めるものを得ず

「金魚撩乱」(岡本かの子)
(「百年文庫015 庭」)ポプラ社

金魚屋の復一は、
令嬢・真佐子へ
思いを寄せるものの
気持ちを表すことができない。
復一は真佐子の父親の
援助を受け、
金魚の交配の研究を重ねる。
やがて真佐子は結婚する。
復一は真佐子以上の美しさの
金魚を創り出す決意をする…。

「人間に一ばん自由に
 美しい生きものが造れるのは
 金魚だけじゃなくて」
「わたし何故だか
 わたしの生むあかんぼより
 あなたの研究から生れる
 新種の金魚を見るのが
 楽しみなくらいよ」

そう言って煽る女は、
崖の上に住む富豪の娘・真佐子。
煽られる男は、
崖の下に住む金魚屋の息子・復一。
復一と真佐子の人生は、
すれ違いこそすれ、
決して交わることなく過ぎていきます。
復一は真佐子への満たされぬ思いを
金魚づくりに映し出し、
年月を重ねていくのです。

それにしても岡本かの子の描く男は、
いつもどこか頼りなく屈折しています。
復一は真佐子に気持ちを
正直に伝えることができません。
真佐子と交際している
三人の男たちと自分を比較して、
到底その中には入れないと諦めます。
金魚づくりに打ち込んでからは
結婚もせず、
変人扱いを受ける始末です。

一方、岡本作品の女性たちは、
ある種の図太さをみな有しています。
真佐子もまたしかりです。
交際していた三人の男の一人ではなく、
「アッサリしていて、
不親切や害をする質」ではない男と
結婚し、「それで沢山」と
割り切っているのです。

復一は彼女に
まったく太刀打ちできません。
「この太い線一本で
 生きて行かれる女が
 現代にもあると思うと却って
 彼女にモダニティーさえ感じた」

さて、苦労の末、
復一が夢見た理想の金魚が
誕生するかというと…、
一応、最後に「どんな金魚より美しい、
真佐子よりも美しい」金魚を
生みだすことに成功するのですが…、
それは復一の研究の成果ではなく、
偶然の産物なのでした。
「意識して求める方向に
 求めるものを得ず、
 思い捨てて放擲した過去や
 思わぬ岐路から、
 突兀(とつこつ)として与えられる
 人生の不思議さ」

岡本は含蓄のある言葉で
最後を締めくくっています。

岡本かの子作品を
いくつか読み返しました。
美しい文章で編まれた
珠玉の短編小説たち。
それぞれが大きな光を放っています。
残念ながら新潮文庫刊の
「老妓抄」以外は
アンソロジーに数編が
収められているだけの状況です。
作品数はかなりあるのですが
(ちくま文庫から全10数冊からなる
文庫版全集が出版されていた)…、
例によって絶版中です。
と思っていたら、
作品「越年」が映画化されることになり、
「越年 岡本かの子恋愛小説集」が
角川文庫から出版されていました。
収録されている作品は
「老妓抄」と重なるものが多いのですが、
とにかく新刊が出るのは朗報です。
なお、本作品も収録されています。

(2019.10.12)

PexelsによるPixabayからの画像

【青空文庫】
「金魚撩乱」(岡本かの子)

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