「百年文庫010 季」

実らぬ愛・歳月が彩る人生・美しい日本語

「百年文庫010 季」ポプラ社

「白梅の女 円地文子」
夫と死別した後、
静かな生活を送るたか子のもとに、
突然桂井の訃報が届く。
たか子は学生時代、
師であった桂井と
身を投げるような恋をしていた。
たか子は桂井との熱い恋、
夫との幸せな生活、
そして桂井との再会を思い出す…。

「仙酔島 島村利正」
信州の城下町に
生涯を閉じようとしていたウメ。
彼女は盆の墓掃除の折、
代々の祖先の墓所とは
違う場所にある、
小さな墓に必ず参っていた。
その墓はかつてウメの店に出入りし、
旅の途中で亡くなった
商人・信吉のものであった…。

「玉碗記 井上靖」
安閑天皇陵から出土した
「玉碗」を見に来いという連絡を、
旧友の桑島から受けた「私」。
考古学には興味はなかったが、
安閑天皇の名は、
十年ほど前に亡くなった
妹夫妻にまつわる
思い出を呼び起こした。
「私」は桑島に会いに行く…。

百年文庫
全100冊中35冊目の読了です。
テーマは「季」。
移ろう季節の中での物語
3篇が収められています。
3篇とも物語は
秋の終わりから初冬にかけての、
まさに季節の変わり目です。

3篇に共通しているのは、
「移りゆく季節」だけではありません。
それぞれに
「実らぬ愛」が描かれています。
「白梅の女」では、たか子と桂井の
引き裂かれながらも埋み火のように
静かに熱を発しているような
年老いた男女の想いに
心を動かされます。
「仙酔島」では、ウメと信吉の、
本人も自覚していないような
淡い気持ちが読み取れます。
信吉が急死したことで、
恋にも昇華せずに終わった
「気持ち」なのですが。
「玉碗記」では、「私」の妹夫妻の
幸せとはいえない愛に、
安閑天皇と春日皇女の
報われぬ愛を重ね合わせています。

加えて、歳月が主人公の人生を
彩っている点も見逃せません。
悲恋から過ごした30年の年月は、
たか子の美しさを
さらに引き立てています。
信吉の死から40年あまり、
静かに生き抜いたウメの人生も
凜とした気高さを薫らせています。
二つの玉碗の
千数百年を隔てた邂逅は、
貴人二人の魂に光を当てました。

さらに、
美しい日本語で書き連ねられた
作品であるということも
共通しています。
円地文子の流麗な日本語は、
作品の背景を鮮やかに描き出し、
主人公・たか子の清冽な生き方を
浮かび上がらせています。
島村利正の淡く静かな筆致は、
ウメの奥ゆかしいまでの生き方を
しっかりと際立たせています。
井上靖の端正な文章は、
歴史の持つ浪漫と相俟って、
恵まれなかった魂の救済を
鮮明に描出しています。

秋が深まり、
日に日に寒くなる今日この頃、
季節が早く
過ぎ去らないことを祈りながら
本書を読みました。

(2019.10.30)

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