「百年文庫014 本」

「大人のADHD」と「ストーカー」と「草食男子」

「百年文庫014 本」ポプラ社

「煙 島木健作」
叔父の営む古本屋で
店番をさせてもらっている耕吉は、
叔父に願い出て、
洋書の競りに
初めて一人で参加させてもらう。
しかし、熱くなった彼は、
かなり高い値段で
本を落札してしまう。
しかも、そのうちの一冊は
頁が抜けていた…。

「シジスモンの遺産 ユザンヌ」
愛書家シジスモンが亡くなる。
彼と競い合っていたギュマールは、
彼の蒐集品を
買い取ろうと画策する。
しかし遺書により、
蔵書はいかなる条件の下でも
譲渡が禁止されていて、
現在のまま
厳重に管理されるのだという…。

「帰去来 佐藤春夫」
詩人のもとに、
同郷の文学青年が訪ねてくる。
面倒に感じながらも
応対するうちに、
詩人は次第と青年のことが
放っておけなくなる。
「文学に見込みがないなら
何か商売でも」と言われ、
詩人が彼に紹介したのは
古本屋であった…。

百年文庫もこれで20冊目読了です。
本書のテーマは「本」。
それも古本、古書への愛です。
「煙」の耕吉は
洋書に対する愛情が裏目に出て、
いくつもの古書をかなり高い値段で
競り落としてしまいます。
「シジスモンの遺産」を狙う
ギュマールは、
あの手この手で管財人と渡り合います。
「帰去来」の「私」を訪ねてきた青年は、
文学の道を早々と諦め、
古書店で修行をはじめます。

ところが、それぞれの人物の、
古書に対する愛情の形や深さには、
自ずと違いが現れています。
耕吉はさしずめ
「純愛」といったところでしょうか。
ギュマールについては「偏執愛」、
まるで古書に対する
偏執的付きまとい行為です。
「帰去来」の青年は
「薄口の愛」とでもいいましょうか、
軽くて醒めやすい愛情です。

登場人物もまた三者三様です。
耕吉にはどうも
「大人のADHD」傾向が見られます。
ギュマールは本に対する
「ストーカー」そのものです。
青年の本に対する愛情は
「草食男子」を連想させます。
本を愛する人間は、
もしかして不完全な
人格形成しかできないのだろうかと、
少々不安に感じました。

例によって、
作者3人は一般的にはあまり名の
知られていない作家たちです。
文庫本が現在でも流通しているのは
佐藤春夫ぐらいで、
島木健作は青空文庫で
数点読むことが可能、
ユザンヌはもともと
作品が少ないこともあり
文庫本はありません。
隠れた名作品を読めるのは
百年文庫ならではです。

(2019.12.7)

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