「百年文庫066 崖」

純真な魂の昇華と考えるべきでしょう

「百年文庫066 崖」ポプラ社

「亡き妻フィービー」(ドライサー)
48年間連れ添った
妻・フィービーを
病で亡くしたヘンリーは、
ある晩、月明かりの中に
妻の幻を見る。
以来彼は毎夜、
妻の戻ってくるのを
待つようになる。
ある朝目覚めたとき、
彼は妻が死んでなどいないと
信じるようになっていた…。

百年文庫36冊目の読了
(2018年4月段階)です。
今回のラインナップはドライサー
ノディエガルシンと、
すべてはじめて聞く名前ばかりでした。

「青靴下のジャン=フランソワ」
(ノディエ)

通称「青靴下の
ジャン=フランソワ」は
勉強しすぎて
気が違ってしまった男。
彼はいつも空に向かって
不思議な会話を続けていた。
1793年のある日、
「私」は彼に何を見ているのか
問いかける。彼はしかし
思いもよらない予言を始めた…。

「紅い花」(ガルシン)
精神病院に、
強制的に入院させられた「彼」は、
庭に紅い罌粟の花を見つける。
そして「彼」はそ
の花に「悪」を見いだす。
「彼」はその花が
世界を滅ぼすと考え、
自らの命を犠牲にしてでも花を
摘み取らなければならないと
考え始めるが…。

共通するのは、
主人公が正常な精神を
保てなくなった人たちであると
いうことです。
「亡き妻フィービー」のヘンリー老人は
現代でいう認知症、
「青靴下」のジャンと「紅い花」の「彼」は
精神疾患です(ジャンについては
もしかしたら特殊能力と
考えられなくもありません)。
でも、それゆえに
純白な魂の持ち主なのです。

ヘンリー老人は
妻がまだ生きていると信じ続け、
10年近くの間、
巡礼者のように野山を彷徨い続けます。
ジャンは愛が叶わなかったゆえに
精神に変調を来し、
「生命」自体を「見る」ことが
できるようになります。
「彼」は紅い罌粟の花が
世界を滅ぼすと信じ、
その根絶に命を賭けます。

結末が主人公の死で終わることも
共通しています。
ヘンリー老人は崖から転落死、
ジャンは愛する人の死の瞬間に絶命、
「彼」は最後の花のつぼみを
摘み取り息絶えます。

哀れ、と捉えるべきではありません。
純真な魂の昇華と考えるべきでしょう。
精神に病を得たがゆえに、
不純なものが一切取り除かれ、
純粋に美しい部分が残った魂。
だからこそ常人の立つことのできない
境地に達することができたのです。

なお、本書のテーマ「崖」ですが、
それが登場するのは「亡き妻」だけです。
ネット上の出版社の解説を見ると、
「それまで属していた場所、
それまで持っていた
とらわれのようなものに
別れを告げるために、
勢いをつけて跳躍する、
そんなイメージを託し」たとのこと。
率直に言って、わかりにくいです。

(2021.1.15)

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