「猿蟹合戦」(芥川龍之介)

私たちの近未来を暗示する恐るべき小説

「猿蟹合戦」(芥川龍之介)
(「蜘蛛の糸・杜子春」)新潮文庫

「猿蟹合戦」(芥川龍之介)
(「芥川龍之介全集5」)ちくま文庫

蟹は、
とうとう握り飯を奪った猿を
誅殺した。
しかし物語は
それで終わりではなかった。
蟹・臼・蜂・卵は警官に捕縛され、
監獄に投ぜられる。
そして裁判の結果、
主犯格の蟹は死刑、
共犯の臼・蜂・卵は
無期徒刑に処せられる。
世論は…。

NHK-Eテレに
「昔話法廷」という番組がありました。
昔話の登場人物(多くは「人」ではない)が
現代の法廷で裁かれる様子から、
子どもたちが裁判員制度の仕組みや
在り方を考えるというものです。
なんと、その企画を
百年近く先取りしていたのが
芥川龍之介です。
蟹の仇討ちを当時の視点で裁くという
パロディの形をとりながら、
芥川はやはり何かを企んでいるのです。

識者や世論は
死刑判決を支持しています。
「猿殺害は蟹の私憤の
 結果に他ならない」
「おにぎりと柿を交換する
 条件であるようだが、
 それを証明する契約書がない」
「蟹は危険思想である」
「蟹は復讐をしたのであろうが、
 それは善とは称しがたい」

近代的な法解釈をすると
確かにそうなるのでしょう。
しかし芥川は昔話の揚げ足を取って
終わっているわけではありません。
わずか四頁足らずの本作品の
最後の一文に
芥川の企みが潜んでいます。
「君たちもたいてい蟹なんですよ」
この一文が剃刀のような切れ味を
発揮しているのです。

一般市民が蟹だとすれば
猿は一体何の象徴か?
おそらく「国家」でしょう。
この作品が発表されたのは
大正十二年(1923年)。
いわゆる大正デモクラシー真っ只中の
時代です。
大衆の心に芽生えた民主化のうねりと、
軍国主義へ走ろうとしていた
国家の体制が摩擦を起こしていた、
当時の世相を反映させていると
読み取れるのです。

蟹(=一般市民)の行為は、私たちには
理解できる範囲のものであっても、
猿(=国家)に対して
徒党を組んで及んだ行為は、
「国家反逆罪」と見なされる可能性が
十分にあるということでしょう。
国家権力を前にしては、
一般市民がどのような言い訳をしても
通用しないのが現実なのです。
そして、法的な証拠がない限り、
権力によって有罪に陥れられることは
十分にあり得るのです。

将来、私たちが
国家の不正を暴こうとすれば、
「特定秘密保護法」で
処罰されるでしょう。
また私のように教職にある者が、
このような原稿を書いただけで
「教員による政治活動の禁止」によって
職を追われることも考えられます。

大正期に発表された
掌編のような作品でありながら、
私たちの近い未来を暗示している
恐るべき小説です。
私たちは無力な蟹に
過ぎないかも知れませんが、
せめて声を上げ続ける蟹でありたいと
思います。
再来年の2023年は、
本作品発表から百年後にあたります。
私たちの国が、
本作品のような未来にたどりついて
いないことを願っています。
すでにたどり着いてしまった国も
あるのですが。

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(2021.1.16)

Edward LichによるPixabayからの画像

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