「おはん」(宇野千代)

古き良き時代の奥ゆかしさを湛えた女性・おはん

「おはん」(宇野千代)新潮文庫

「私」は身を持ち崩した
商家の息子で、今は芸者奴の
おかよと暮らしている。
ある日、「私」は七年ぶりで
かつての妻のおはんと再会する。
以来、「私」のもとへ
おはんは通い続ける。
「私」はおはんと一軒家で
よりを戻す決意を固める…。

以前、「八重山の雪」を取り上げた
宇野千代の作品です。
「八重山の雪」は悲しみの中にも
温かみのある短篇なのですが、
こちらは何ともやりきれない悲しみに
包まれた作品です。

主人公は優柔不断で浅ましく
情けない男「私」。
下世話な言い方をすれば、
「女性を二股かけた男の悲劇」と
いうことになります。
しかし本作品は
筋書きで読ませるのではなく、
「二人の女性」を読ませる作品なのだと
感じました。
おかよとおはんは、
まるで目の前にいるかのごとく、
等身大で想像できるほど、
艶めかしく鮮やかに
描かれているのです。
そしてそれらは語り手である
「私」によって紡ぎ出されていきます。

このおはんとおかよ、
およそ正反対の女性像です。

おかよは美しく
肉体的魅力にもあふれた女性です。
芸者で身を立てている女性ですから
当然ですが、
「男好きのする女」といえば
いいでしょうか。
そして世話好きで男を強引に惹き寄せて
離さない性格なのです。
稼いだ金で手狭な家に
二人の部屋を増築するくらいですから、
よほど「私」に
惚れ込んでいるのでしょう。
独占欲と言ってしまえば
それまでなのですが。

おはんは控えめでつつましく
清楚な女性です。
「どこというて男の心ひくような
 女ではござりませねど」
という
語りがありますので、
ごく平凡な女性なのでしょう。
しかしおはんはどこまでも
我が身を犠牲にして男を立てます。
「私」やおかよに対して
恨み言一つ言いません。
「私」がおかよのもとへ走っても、
自ら身を引き、
肩身のせまい思いに耐えながら
親元で子どもを育てます。
そして二度目に身を引くにあたって
「私」にあてた手紙の一節
「ほんに私ほど仕合わせのよいものは
 ないやろと思うてますのゆえ、
 どうぞ何ごとも
 案じて下さりますな」
には
ついつい泣かされてしまいます。
古き良き時代の奥ゆかしさを湛えた
女性なのです。だからこそ、
「私」はおかよがありながらも
おはんと別れがたかったのです。

「私」という男が
二人の女性を引き立たせ、
おかよの存在がおはんの限りない魅力を
浮き彫りにする。
宇野千代の代表的名作、
いかがでしょうか。

※肉体的に素晴らしい女性と
 精神的に美しい女性から
 愛された「私」。
 悲劇的結果に終わったといえども、
 男として羨ましい限りです。
 正直な話。

(2021.9.10)

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