「若者たちの悲歌」(石川達三)

作者・石川はまったく答えを提示していません

「若者たちの悲歌」(石川達三)
 新潮文庫

羽島桂子は大学で知り合った
青年・飯田勇次と結婚するが、
それは籍を入れず、
子を産まず、
将来を約束せず、
お互いを束縛しないという
ものだった。
しかし彼女は勇次の弟・敏春とも
関係を結び、
勇次の子を身ごもるが
中絶を選んで…。

古い慣習に則った結婚を拒否し、
新しい価値観で婚姻関係を結ぶ。
現代となっては
別に目新しいものではありませんが、
本作品の書かれた昭和58年当時は、
まだまだ当たり前では
なかったのでしょう。
石川達三の長編小説です。

【主要登場人物】
羽島桂子
…男性に頼らない生き方を模索。
 貞操や愛情に価値を認めない。
羽島茂刀子
…圭子の母。
 夫とうまくいっていない。
飯田勇次
…病院の跡取り息子。優柔不断。
飯田敏春
…勇次の弟。
 常に虚無感を抱いている。
 愛を信じていない。
宮脇素子
…勇次が勤務していた
 国立病院の看護婦。
 勇次の子を身籠もる。
渡辺千代子
…飯田病院看護婦。敏春に熱愛する。
山之内まさ美
…敏春の子を身籠もる。子を産み、
 一人で生きる決意をする。
深田喜代子
…愛のないまま勇次と結婚。
 わずか数日で破綻。
飯田濤子
…勇次・敏春の継母。花柳界出身。
笹川
…外部から招聘された飯田病院新院長。

登場人物も多く、
それぞれかなり癖の強い面々であり、
それぞれが読み手の価値観に
大きく揺さぶりをかけてくるのですが、
ここでは女性たちに
焦点を絞って捉えてみます。

①桂子・喜代子の場合
桂子・喜代子はともに
男性に屈しない生き方をしようと
固く決意している女性です。
桂子は勇次と同棲しながらも、
子を産まず、
そして弟・敏春とも関係するなど、
貞操観念はきわめて希薄です。
しかし喜代子は桂子と
考えが似ているのですが、
肉体的な関係も
極力拒もうとしているのです。
結果として二人とも破綻し、
死を迎えることになります。

②まさ美・素子の場合
まさ子は敏春の子を身籠もりますが、
敏春は結婚する気も妻子として養う気も
ありません。
敏春もまた桂子と似た考えで、
束縛されたくないと考えていたのです。
しかし彼女は自立する決意を固め、
子を産みます。
一方、素子は勇次の子を宿しながらも、
濤子の猛反対によって
結婚が不可能と知るや、
行方をくらまします。
二人とも自らの力で
子どもを育てていくことであり、
相当の困難が予想されます。
未来は決して明るくはないでしょう。

③千代子の場合
千代子も敏春と関係を持ち、
妊娠するのですが、
彼女は一途に敏春を愛しているのです。
敏春の揺るがない気持ちを知った彼女も
また自ら命を絶ちます。

④茂刀子・濤子の場合
母親世代の二人は、
もちろん古い考えの女性たちです。
茂刀子は結婚以来、
夫に尽くしてきたのですが、
度重なる夫の身持ちの悪さに辟易し、
かと言って別居しても
収入があるわけでもなく、
彼女もまた死を選択します。
濤子は新院長・笹川との密通が露見し、
飯田病院から身を引き、
一人暮らしをはじめます。
マンションで月30万
(昭和50年代の30万は、
今ならどのくらいか?)の生活費を
与えられての一人暮らしですが、
孤独感に苛まれます。

結局、
救われている女性がいないのです
(男性たちも決して救われていないが)。
新しい価値観による結婚も破綻を迎え、
旧時代の結婚も綻びを隠せず、
では一体
どんな結婚の有り様がいいのか?
作者・石川は
まったく答えを提示していません。

もちろん、実社会では
それでも結婚生活を破綻なく
送っている夫婦の方が多いのであり、
本作品の登場人物たちの価値観と思想は
極端すぎます。
ある意味、現代の私たち(の多く)は、
旧来の価値観への依存を上手に避け、
かつ新しい価値観へも偏りすぎず、
現実との折り合いを付けながら
生活しているのです。
本作品は、
新しい価値観に対して
過度の警戒心を喚起する内容であり、
もしかしたら時代から取り残された
作品といえるかもしれません。

一方で、桂子・喜代子のような
極端な個人主義的思想のは、
今後現れる可能性を否定できず、
男女間の関係はますます
難しくなることが予想されます。
そう考えたとき、本作品は
かなり先の未来を先取りした作品とも
言えるのです。

現在、Amazonを検索しても、
石川達三の本で流通しているのは、
「青春の蹉跌」(新潮文庫)、
「生きている兵隊」(中公文庫)、
「風にそよぐ葦(上下)」(岩波現代文庫)、
そして「蒼茫」(秋田魁新報社)の
4点だけです。
埋もれたままにしておくには
惜しい作家です。
再評価の日が来ることを望みます。

(2021.10.19)

PexelsによるPixabayからの画像

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