三者三様の「庭」の姿
「百年文庫015 庭」ポプラ社

「庭の眺め 梅崎春生」
庭というほどのものではない。
方六七間ばかりの空き地である。
以前ぐるりを囲っていた竹垣は、
今は折れたり朽ちたりして、
ほとんど原型を失っている。
あちこちが隙間だらけなので、
鶏でも猫でも犬でも
自由に通れる。
人間でも…。
百年文庫第15巻は「庭」、
「庭」をテーマにした三作品です。
さて、「庭」とは何か、
その定義を調べてみると…、
「住宅などの敷地内に設けられた、
建造物のない広場であり、
一般的には隣家との間を生垣や
ブロック等の塀で囲まれて、
個人の私有地を形成している。」
この、「個人の私有地」というところが
庭の庭たるゆえんといえるでしょう。
ところが梅崎春生の描く「庭」は、
そうではありません。
なんと、私有地でありながら
猫や犬に蹂躙され、
しまいには隣家の人間に
好き勝手されるという始末です。
しかしそれに目くじらなど立てず、
庭で起きた出来事を
実にユーモラスに表現しています。
何とも寛容な梅崎春生の「庭」です。
「白いウズラ スタインベック」
ハリーは、美しい庭の造営を
夢見る女性メアリーと結婚する。
メアリーは結婚後、家を持ち、
自分の理想通りの
庭を造り上げる。
「庭は私の体の一部のように
なっているの」。
彼女の庭に対する執着心は
次第に異様なものに
なっていく…。
一方、アメリカのノーベル賞作家・
スタインベックが描いたのは、
犬猫の侵入どころか
カタツムリやナメクジさえも
許せないという厳格な所有者の姿です。
ついには庭と自分の区別が
つかなくなるくらいですから、
相当な視野狭窄に陥っていると
いえるでしょう。
「金魚繚乱 岡本かの子」
金魚屋の復一は、
令嬢・真佐子へ
思いを寄せるものの
気持ちを表すことができない。
復一は真佐子の父親の
援助を受け、
金魚の交配の研究を重ねる。
やがて真佐子は結婚する。
復一は真佐子以上の美しさの
金魚を創り出す決意をする…。
で、三作品目、
岡本かの子の庭はというと…、
自分が見捨てていた庭の池に、
自らがこの十数年間、
求めて止まなかった美しい金魚が
誕生していたという筋書きです。
庭はあまり関係のない
作品のようにも思えますが、
前二作品の折衷のような要素を
もっていると考えられます。
さて、わが家の庭ですが、
四月下旬に桜が咲き、
五月上旬に芝桜、
下旬にはツツジ、
まもなくアジサイ、
夏にはトマト、胡瓜、茄子が実ります。
決して美しく
造園されているわけではありませんが、
昨年他界した義母が
丹精込めて手入れをしていた
味わい深い庭です。
(2021.11.12)

【本書収録の3作品】
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