「同士少女よ、敵を撃て」(逢坂冬馬)②

露ウ戦争に驚くほど酷似しています

「同士少女よ、敵を撃て」(逢坂冬馬)
 早川書房

「ウクライナがロシアに
 どんな扱いをされてきたか、
 知ってる?
 食料を奪われ続け、
 何百人も死んだ。
 民主主義が台頭すれば、
 今度はウクライナを
 ロシアに編入しようとする。
 ソ連にとっての
 ウクライナって何?
 略奪すべき農地よ」…。

この台詞はウクライナ情勢に絡んでの
テレビのコメンテーターのものでは
ありません。
本書「同士少女よ、敵を撃て」の登場人物
オリガの嘆き(P.78)なのです。
本作品で描かれている独ソ戦の状況は、
驚くほど現代のロシアウクライナ戦争に
酷似しています。
しかし本書の刊行は2021年11月。
アガサ・クリスティー賞の締切が
2021年2月だったはずですので、
本作品はそれ以前に書かれたものです。
まるでロシアの侵攻を
予見していたかのような描写が
いくつも登場します。

「オーストリア、ズデーテン等を
 領土的野心のままに獲得し、
 戦争を恐れる西側連合国が
 これにひたすら妥協する姿勢を
 観測し続けたナチ政権は、
 ダンツィヒ回廊を割譲せよという
 滅茶苦茶な要求を
 ポーランドに突きつけて、
 当然ながら断固として拒否され、
 正当性のかけらもない
 侵略に打って出た」
(P.384)。
現在の状況も同じです。
2014年のロシアによる
軍事力を背景としたクリミア併合に、
有効な手立てを講じることの
できなかった西側の動きを踏まえての、
ウクライナ侵略なのです。
露ウ戦争は、独ソ戦をなぞるように
進行しているかのようです。

「防衛戦争であるということが、
 これほどまでのポテンシャルを
 発揮するとは…」
(P.237)。
パルチザンの活動を見ての
セラフィマの呟きです。
現在のウクライナの奮闘の様子と
一致します。
そして露ウ戦争が、
ロシアに着目すると
「侵略戦争」であるのと同時に、
ウクライナからすれば
「防衛戦争」であることに
改めて気づかされます。

「ドイツがこのような論理を
 採用したのは、
 電撃的勝利によって
 半年でソ連を崩壊させて
 降伏に追い込むという
 開戦当初の楽観的シナリオが
 破綻したからに
 他ならなかった」
(P.198)。
これも同様です。
ユーラシア大陸全域に及ぶソ連を
半月で占領する軍事計画は、
広大な国土を持つウクライナを
わずか一週間で制圧できると考えた
ロシアの軍当局の見通しと
完全に重なります。
侵略戦争はこうした「楽観的見通し」から
開始されるのかもしれません。

「ナチはソ連そのものの絶滅を
 企図している。この戦争に
 講和は成立しない」
(P.187)。
「ナチに交渉は通用しない。
 これは通常の戦争ではない。
 軍隊が瓦解すれば
 全ての人民は虐殺され、
 奴隷化される」
(P.188)。
「ナチ」をロシアに、
「ソ連」を「ウクライナ」に読み替えれば、
現在の状況を
そのまま表していると言えます。
戦争に通常も異常もないのでしょうが、
「講話」や「交渉」が通用しない
より狂気を孕んだ戦争
(一方的な侵略戦争)であることは、
独ソ戦も露ウ戦争も同じなのでしょう。

こうして本書を丹念に読み進めると、
第二次世界大戦で
ナチス・ドイツから受けた侵略を、
ロシアはウクライナをドイツに見立てて
やり返しているかのように
見受けられます。
事実、ロシアがゼレンスキー政権を
ネオ・ナチと喧伝しているのは
その表れともいえるでしょう。

本作品が2022年の本屋大賞を
受賞したのは、
こうした時流と上手く合致したのが
一つの理由であることに
間違いはないでしょう
(もちろんそれはほんの一部であり、
作品そのもののエネルギーの大きさが
受賞理由なのでしょうが)。
幸か不幸か、本作品を読むと
現代のウクライナの惨状が
より強く想起され、
暗澹たる気持ちにさせられます。
本書は、
もっと別の時期に産み出されるべき
作品だったのかもしれません。

さて本作品には、戦争回避のための
一つの小さな光明も記されています。
「自分は人を治す。
 戦うなんてごめんだし、
 だからって死にたくない。
 たとえ戦争中でも、
 敵が皆殺しに来てもそうだ」
「あたし、本気で思うんだ。
 もし本当にみんながあたしみたいな
 考え方だったらさ、戦争は
 起きなかったんだ」
(P.453-454)。
看護師・ターニャの台詞です。
セラフィマをはじめとする
イリーナ隊の狙撃手の少女たちはみな、
「戦いたいか、死にたいか」の
二者択一から、狙撃手として
復讐の道を選択した者たちなのです。
ところがこのターニャだけは
そのどちらでもなく
「自分は人を治す」と返答したために
看護師として編入されたのです。
世界を二極化せず、
思想を二分化せず、
選択を二者択一に限らず、
視野を幅広く保つことが、
解決の糸口につながることが
示されています。
あくまでも「糸口」に過ぎませんが、
そこからはじめるしかないのでは
ないかと思うのです。

本書はこうした戦争に関わる
問題提起をしているだけでなく、
差別や偏見の問題、
ジェンダーの問題、
生命や死生観の問題等々、
エンターテインメント小説の
傑作でありながら、同時に
深い文学的主題を内包した
恐るべき作品です。
今年まず真っ先に読むべき一冊と
断言できます。

(2022.4.12)

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

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