「聖家族」(北原武夫)

不思議な感動を覚える「衝撃的な結末」

「聖家族」(北原武夫)
(「百年文庫055 空」)ポプラ社

春の日ざしの美しい朝、
いくのは小学校教員を
やめる決意をし、上京した。
画家としての修業、
貧乏を志した生活、
理想の男性との結婚、出産、
夫との別れ、
太平洋戦争の始まり、そして
二度目の結婚と幸せな生活。
しかし家族は…。

読み終えて、混乱しました。
主人公・生駒いくのの
26歳からの8年間の生き方を描いた
中編小説なのですが、
いくのという人物を
どのようにとらえるべきか
判断に迷っているうちに、
「衝撃的な結末」となったからです。

粗筋として掲げた上文も、要領を
得ないものになってしまいました。
とりあえず主人公・生駒いくのの
足取りを追ってみます。
①教員を突然退職
②上京途中、ある美しい村で一昼夜
 過ごす(夜は寺に泊めてもらう)
③上京し、有馬画伯に押しかけ、
 弟子入り
④同じ弟子の青年に恋をし、失恋
⑤自ら貧乏を志し、画家を続ける
⑥見知らぬ詩人から紹介された
 キリスト教徒の男と突然結婚
⑦出産
⑧夫が女とともに家出
⑨同じ画家の男と同居、
 一家三人に
⑩衝撃的な結末

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このいくのの行動は、
どこからどう見ても
常軌を逸しています。
①では思いついたその日のうちに退職。
彼女が担任していた
子どもたちにしてみれば、
降って湧いた災難でしょう
(当時はもしかしたら珍しいことでは
なかった可能性もありますが)。
②では、若い女性が
「一晩泊めて下さい」と
玄関先をまわるのは、
いくら昭和20年代でも危険でしょう。
③いきなり押しかけての
住み込み弟子入りです。
有馬画伯にしてみれば、
はた迷惑でしかなかったはずです。
④「この人」と決めた青年に
「私と結婚して」と
3日間粘り続けて断られています。
青年はさぞかし迷惑、
いや怖かったでしょう。
⑤での路頭の似顔絵描きは
よくある商売ですが、
そこで知り合った詩人の紹介する男と
何の迷いもなく結婚。そして、
⑦出産。ところがあっさり
⑧で裏切られます。
なぜそんなに簡単に
男を信用できるのか、
首をかしげざるを得ません。

こうして状況分析をしてみると、
いくのの生き方には
どうしても共感できかねるのです。
一歩間違えば(間違えなくても)
彼女は常識知らず、自己中心的と
受け取られてしまうはずだからです。

それでいながら、筋書きのどこにも
そのような暗さや歪さは見られません。
その時々でいくのは
最大限の幸福を感じているのです。
貧乏していても、男に裏切られても、
火災で家を失っても、
戦争で食料がなくても、
彼女は、そして
彼女と夫と子どもの三人家族は、
幸せな生活を送っているのです。
それはもちろん物質的な幸せではなく、
精神的な豊かさなのです。
だからこその
表題「聖家族」なのでしょう。

そして最後に訪れる
「衝撃的な結末」には、
不思議な感動を覚えてしまいます。
「聖家族」は
果たしてどこへ向かったのか?
現実的な「安住の地」へ向かったのか、
それとも「魂の解脱」なのか、
本作品は戦争の破滅を寓話的に描いた
「大人のお伽噺」なのか。
わからないながらも、それが
どうでもいいと感じられるくらい、
幸福に包まれた作品なのです。

何か幸せな気分に浸れる小説は
ないかと探しているあなたへ、
ぜひ一読を薦めたい珠玉の一篇です。

(2022.6.1)

Frauke RietherによるPixabayからの画像

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