「冥」の意味、そして「冥利」の意味するところ
「百年文庫080 冥」ポプラ社

「メルヴィル バイオリン弾き」
友人・スタンダードに紹介された
ホートボーイは、
明るい好人物だったが、直前に
悲嘆に暮れていた「ぼく」は、
その男の屈託のなさを軽蔑する。
しかしその日再び会った彼は、
「ぼく」の目の前で
天才的なバイオリンの
腕前を披露し…。
百年文庫第80巻のテーマは「冥」。
その意味をひもといてみると、
「光がない」のほかに、
①「道理にくらい」「おろか」、
②「あの世」「死者の行く世界」、
③「目に見えない神仏のはたらき」、と
ありました。
三篇は、いかなる「冥」か?
メルヴィルの「バイオリン弾き」の
主人公「ぼく」は、
名声を追い求めて挫折し、
心に生々しい傷を負った青年です。
しかし彼は、名声を棄て、
自分の芸術を心の底から楽しんでいる
壮年期の男・ホートボーイとの
邂逅によって、
精神的に生まれ変わります。
この作品における「冥」は、
③「目に見えない神仏のはたらき」に
ちがいありません。
「夢の国 トラークル」
だが しかし ぼくは
病身のマリアと
十言も交わさなかった。
彼女は 一度も 話さなかった。
ただ何時間も ぼくは
彼女の傍に坐り、その病んだ、
苦しんでいる顔を見つめ、
そして 繰り返し
感じるのだった、彼女は …。
トラークルの「夢の国」の「ぼく」は、
言葉もろくに交わすことのなかった
従妹・マリアとの日々を
懐かしく回想しています。
散文調の美しい文体なのですが、
その影には「ぼく」の荒んだ精神が
見え隠れするのも事実です。
だとすれば本作品における「冥」とは、
①「道理にくらい」「おろか」が
当てはまるといえます。
「にぎやかな街角
H.ジェイムズ」
老年の男・ブライドンは、
三十三年ぶりに故郷
ニューヨークに戻ってきた。
かつて自分が暮らした
「にぎやかな街角の家」を
相続するためだった。
彼はその家を空き家のままにし、
ときどき訪れていた。
もう一人の「自分」と
会うために…。
H.ジェイムズの
「にぎやかな街角」にいたっては、
作者H.ジェイムズの名前だけで、
「冥」が②「あの世」「死者の行く世界」と
決まってしまいます。
もっとも本作品に現れる
「異なもの」は、
亡霊や化け物と考えるよりは、
卑屈な自分が生み出した幻影、
つまりは自身の「心の弱さ」と
捉えるべきでしょう。
さて、「冥」の字は、
あまり明るいイメージを
伴っていないのですが、
その熟語である「冥利」は、
「神仏が人知れず与える利益や恩恵」、
また、
「善行の報いとして受ける幸福」など、
明るい意味が与えられています。
そうした観点で見渡した場合、
三篇とも確かな明るさを伴った
作品であることが分かります。
「バイオリン弾き」は、その通り、
人生の好転を予感させる物語です。
「幸福」の意味を再確認させられるような
問いかけがなされています。
「夢の国」も、表面的には
美しい思い出を語っているのです。
「ぼく」にとって
人生でもっとも幸せなひとときで
あったことは間違いありません。
「にぎやかな街角」も、
「過去を悔やむ心の弱さ」と訣別し、
女性・スタヴァトンと未来を向いて
第二の人生を歩む予感をもって、
物語は締めくくられます。
三篇とも、
どこか現実から離れた幻想小説の
味わいも持ちあわせています。
まさにテーマ「冥」にふさわしい、
しかも「暗く」ならない作品であり、
編集者のセンスの良さが際立った
アンソロジーといえるでしょう。
百年文庫第80巻「冥」、
読み応えのある一冊です。
ぜひご賞味あれ。
〔メルヴィルの本〕
メルヴィルといえば
「白鯨」が有名ですが、
それだけではありません。
〔トラークルの本〕
文庫本は現在
出版されていないようです。
〔H.ジェイムズの本〕
ホラー要素の濃い作品が
いくつもあります。
死ぬまでの間に全作品読み通したい
作家の一人です。
この「百年文庫080 冥」を出発点として、
それぞれの作家の作品を
深く味わってみませんか。
(2023.3.8)

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