「百年文庫076 壁」

「現実」と「異世界」の間にある「壁」

「百年文庫076 壁」ポプラ社

「百年文庫076 壁」ポプラ社

「ヨナ カミュ」
…カンヴァス、
それは全然白のままだった。
その中央に
ヨナは実に細かい文字で、
やっと判読できる一語を
書き残していた。
が、その言葉は、
solitaire(孤独)と
読んだらいいのか、
solidaire(連帯)と
読んだらいいのか、
わからなかった。

百年文庫第76巻のテーマは「壁」。
カバー裏の説明には
「壁のごとく立ちふさがる、
不条理と超現実の壁」とありますが、
まさにそのような三篇が並んでいます。

一作目、「異邦人」で有名な
カミュの書いた作品「ヨナ」に
描かれている「壁」は何か?
「孤独」と「連帯」を隔てる
大きな「壁」だったと
考えることができます。
ヨナの見つけたものは、
solitaire(孤独)だったのか、
solidaire(連帯)だったのか、
それともその両方だったのか、
あるいはそのどちらでもなかったのか?
ヨナという名の架空の画家の
生き方を描いた本作品は、
「孤独」と「連帯」について、
読み手にいろいろな
想像と判断を迫ってきます。

「魔法のチョーク 安部公房」
貧乏画家のアルゴン君は、
空腹に耐えかね、
偶然見つけた赤いチョークで
パンやバター、りんごの絵を
壁に描く。
そのままうたた寝をした彼は、
夜更けに物音に目覚め、
そこに壁の絵の食物が
実物として現れているのを
見つける…。

「壁」に書いた絵が実物となる。
二作目、
安部公房の「魔法のチョーク」が、
テーマ「壁」に最も直接的に関わる
作品なのでしょう。
本作品を含む6つの中短編作品を
集めた作品集のタイトルが
そもそも「壁」。
まさに不条理と超現実の壁といえます。

本作品ですが、「現実」と「虚構」の間を、
主人公のアルゴン君は彷徨います。
壁に描いた絵が実物となる
魔法のチョーク。
何とも羨ましいかぎりですが、
そううまく事は運びません。
太陽の光を浴びると
消えてしまうのです。
彼は部屋を常時夜の世界にし、
魔法が途切れないようにしたのです。
まさに「現実」と「虚構」の間に
「壁」を築き、自ら「虚構」の世界に
引きこもったのです。

「「人生」という名の家
       サヴィニオ」
母との窮屈な二人暮らしに
嫌気がさしたアニチェートは、
家を出て彷徨う。
辿り着いたのは豪奢な邸宅。
中では単調なヴァイオリンが
同じ曲を繰り返している。
祝典が開かれているらしい。
アニチェートはその家に
足を踏み入れる…。

第三作、サヴィニオ
「「人生」という名の家」では、
「過去」と「未来」、
「幻影」と「真実」の垣根を、
アニチェートは踏み越えてしまいます。
彼が見聞きした、
「豪奢なたたずまい」
「優雅なヴァイオリンの音」
「祝典の開かれた雰囲気」などは、
彼の人生の成功を
意味しているようにも思えます。一方で、
「気配だけで現れない家人」
「片づけられていない食器」
「単調な繰り返しのヴァイオリン」、
そうした諸々の指し示す人生とは、
「孤独」以外には考えられません。
家出をして飛び乗った船の中で
彼が見せつけられた幻影は、
彼の否定的な人生だったのです。

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今日のオススメ!

三篇が三篇とも、
現実を超越した異世界を描く
幻想小説(的作品)です。
「現実」と「異世界」の間にある「壁」を、
それぞれの主人公は意図しないまま
乗り越えてしまったのでしょう。
その「異世界」はユートピアなどでは
決してありません。
それでいながら、三篇とも
暗くなりすぎることなく、
主人公の経験と思索を
絶妙に描ききっています。
作者三人の筆力の大きさが
ひしと感じられる、
百年文庫全100巻の中でも
ひときわ魅力溢れる
アンソロジーとなっています。
ぜひご賞味ください。

(2023.4.5)

PexelsによるPixabayからの画像

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