「五階の窓」(江戸川乱歩・他)

味わうべきは作家たちの夢の共演

「五階の窓」(江戸川乱歩・他)
(江戸川乱歩・平林初之輔・森下雨村・
 甲賀三郎・国枝史郎・小酒井不木)
(「合作探偵小説コレクション①」)
 春陽堂書店

「合作探偵小説コレクション①」春陽堂書店

「五階の窓(第一回)」(江戸川乱歩)
(「江戸川乱歩全集第3巻」)光文社文庫

「江戸川乱歩全集第3巻」光文社文庫

記者・山本と作家・長谷川が
出くわした死体は、目の前の
Sビル五階に事務所を構える
電機商会の社長・西村だった。
彼はタイピストの若い娘・瀬川に
手を出そうとしたり、
大量解雇で工場ともめたり、
トラブルの
絶えない人物だった…。

五階の窓から
突き落とされたと考えられる死体。
犯人は誰か?
犯行現場は五階部屋なのか?
怪しい人物が複数登場しての
本格謎解き探偵小説となっています。
ところが執筆は六人。
当時流行した「連作」ものなのです。
従って筋書きの面白さを
追求すべきではありません。
作家それぞれの個性と、
即興演奏にも似た
才能の競演を味わうべきなのです。

〔主要登場人物〕
西村陽吉

…西村電機商会社長。
 変死体で発見される。
北川
…西村商会庶務。秘書的な役割を担う。
瀬川艶子
…西村商会タイピスト。
 西村に言い寄られて困惑する。
野田幸吉
…西村商会会計係。艶子に惚れている。
桝本順吉
…西村商会の工場職長。
舟木新次郎
…西村商会工場職工。会社に対して
 反抗的なそぶりを見せる。
お蝶
…西村陽吉の愛妾。
留公
…掏摸。
 西村の所持していた鞄を盗んだ。
冬木刑事
…所轄暑刑事。
沖田刑事
…所轄暑刑事。冬木の先輩。
山川署長
…所轄暑署長。
恒藤司法主任
…所轄暑司法主任。
小西警部
…警視庁警部。沖田の友人。
折田検事・田上博士
…死体の司法解剖を担当。
山本次郎
…新聞記者。西村の死体を発見。
長谷川弴
…探偵作家。西村の死体を発見。

今日のオススメ!

第一回は江戸川乱歩
もともと長編小説を
書いては挫折していた
乱歩のための企画だったようです。
以前取り上げた「江川蘭子」も、
冒頭の乱歩の書き出しだけで、
その後の展開がいろいろに想像でき、
面白かったのですが、
本作品も味わい深い書き出しです。
西村社長の転落死体にまつわる謎、
西村の身辺の怪しい人間関係、
謎めいた脅迫状、
若き美人タイピスト・
ヒロイン的存在の艶子、
怪しげな将校マントの男、などなど、
いかにも謎めいた事件の幕開けに
ふさわしい登場人物が現れます。
そしてその謎を解く探偵役として、
新聞記者と探偵作家を配置し、
警察の捜査以外の面からの
アプローチの準備もしています。
「江川蘭子」はそのおどろおどろしい
幕開けが衝撃的でしたが、こちらは
本格探偵小説のいでたちでの登場です。

第二回は平林初之輔。
第三回は森下雨村
この二人が上手につないで、
事件を膨らませていきます。
登場人物たちの取り調べや
証拠調べが行われ、
事件が解明されるどころか、
ますます謎が深まり、
読み手は否応なしに
謎解きの世界に引きずり込まれます。
記者と作家、
そして冬木刑事の捜査に加え、
冴えない沖田刑事を登場させ、
別の角度から事件に光を当てています。
このあたりは本格探偵小説を
得意分野とする平林・森下が、
面白く展開させています。
欲を言えば、
ヒロイン役として期待した艶子が
ここでは存在が薄く、
もっと彼女の魅力を前面に押し出して
華やかさをもたらして
欲しかったというところでしょうか。

第四回は甲賀三郎
第五回は国枝史郎
ここでヒロイン的存在・艶子の
半生が語られ、
彼女が事件にどう関わっているのか、
読み手の興味が掻き立てられるような
展開が成されています。
また、
探偵作家・長谷川による「夢分析」など、
ミステリの手法としては
やや異質なものも飛び出し、
筋書きを盛り上げます。
そして関係者が一堂に会したところで
一斉逮捕、事件は最終回の
謎解きへとなだれ込むのです。
国枝は自身の持ち味の
妖しい作風を封印し、
物語を無理なく最終回へ繋げています。

そして満を持して第六回は
小酒井不木の登場です。
西村の死因の解剖結果を
ここまで伏せて、医学博士・小酒井に
任せるというあたりが素敵です。
五人の作家が
散々に書き散らした展開を、
小酒井が上手にまとめ、
すべてに解決を見出し、
理由付けも行っています。
小酒井の医学の知見が
さりげなくちりばめられ、
無事に筋書きは収束されます。

やはり「連作」は色物であり、
雑誌連載でのライブ感こそが
その面白さだったのでしょう。
こうしてひとまとまりになると、
筋書き上の粗は
どうしても見えてしまうのですが、
最初に記したとおり、
味わうべきは作家たちの
夢の共演なのです。
往年の探偵作家たちの「楽しい遊び」を、
現代の私たちも
存分に味わおうではありませんか。

〔本文の編集について〕
編集ミスと思われる箇所があるのが
残念です。
7ページ下段14行目
「恰度僕等ぼくらの足と同じ…」の
「ぼくら」は「僕等」に付されたであろう
ルビが本文に紛れ込んだ形です。
また、97ページ上段12行目
「生きながら落ちて死んだ、…」は、
次に続く文章から判断すると
「生きながら落ちて死んだ、…」
となるはずです。
どちらも青空文庫を参照すると
確認できます。
税込み4180円という
高価な値段でありながら、
箱なしで柔なハードカバーという
安っぽいつくりであることは
我慢しましょう。
しかしさらに本文に
編集ミスがあるとすれば、
本としての魅力が
格段に小さくなってしまいます。
せっかくの企画ですので、
完成度を上げて残りの巻を
刊行して欲しいと思います。

(2023.5.5)

PexelsによるPixabayからの画像

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