「「水素社会」はなぜ問題か」(小澤祥司)

「排出されるのは水だけ」とはいかないのです

「「水素社会」はなぜ問題か」
(小澤祥司)岩波ブックレット

「「水素社会」はなぜ問題か」

このような装置
(燃料電池実験キット)があれば、
太陽光でつくった水素で
発電して動力が得られる。
出るのは水だけ、
もともと水なのだから
また元に戻るだけだ。
まさに未来を見る思いがした。
しかしその興奮は
長くは続かなかった…。

数年前、エネルギーとしての「水素」に
注目が集まり、
「水素社会」への移行が
盛んに言われるようになりましたが、
最近は一段落しています。
確かに水素をエネルギーとした場合、
排出されるのは水だけですから、
クリーンといえばクリーンです。
でも決してそうではないということを、
本書は指摘しています。

〔本書の内容〕
1章 夢の燃料
2章 トヨタ対テスラ
3章 やっかいな元素
4章 原子力水素
おわりに―ポストクルマ社会の議論を

「排出されるのは水だけ」。
近年、中学校の理科でも
「燃料電池」が取り上げられ、
教科書にはその利点について
そう記述されています。
本書冒頭で取り上げられている
「実験キット」なるものは、
学校用教材として市販もされています。
太陽電池で発電した電気で
水の電気分解を行い、
そこで発生させた水素を用いて
燃料電池として発電を行うという実験を
授業で演示すると、
間違いなく子どもたちには
「燃料電池はクリーンエネルギー」という
刷り込みがなされます。

しかし、ちょっと考えれば、
太陽電池で発電した電流を
そのまま使用すれば、
もっと大きな電力を得られることは
わかるはずです。
水素の生成と燃料電池を
間に挟むことによって、
電力のロスが生じるからです。

本書は、そうした不都合がありながら、
なぜ「水素社会」が推進されたのか、
その経緯を解き明かしています。

第1章「夢の燃料」では、
人類のエネルギー利用の歴史から、
「夢の燃料」としての
「水素」を捉えています。
19世紀末にジュール・ヴェルヌが
その著書「神秘の島」において、
石炭に変わる
文明維持のための資源として、
石油ではなく「水素」を
取り上げていたことが記されています。
人類が「水素」に注目したのは
かなり早い段階だったことが
わかります。

第2章「トヨタ対テスラ」では、
自動車の燃料としての
水素の歴史について示されています。
なんと1900年代初めには、
蒸気自動車、エンジン自動車と並び、
電気自動車(EV)がすでに
存在していたことには驚きました。
しかし電気自動車は確立することなく、
2010年頃に新興EVメーカー・
テスラモーターズの登場によって
再び脚光を浴びることになるのです。
このテスラとトヨタの
EV開発に関わる姿勢を紹介し、
EVが自動車産業になかなか定着しない
理由についてひもといているのです。

第3章「やっかいな元素」では、
水素の元素としての特殊性について
述べるとともに、
「水素社会」の実現の困難さを
指摘しています。
水素そのものはクリーンであっても、
水素はあくまでも
二次エネルギーであり、
水素を製造する段階で
エネルギー損失や二酸化炭素発生を
招くことが説明されているのです。
特に二酸化炭素発生の問題を
解決するためには、その材料を
化石燃料に求めるのではなく、
自然エネルギーを
活用するしかないこと、
しかしそれにもまだまだ
解決が必要な問題が
含まれていることについて、
丁寧に解説しています。

そして第4章「原子力水素」では、
政府が「水素社会」を目指す
隠された理由について記されています。
水素の原料を化石燃料に委ねず、
自然エネルギーにも求めないとすれば、
その製造のための方法はただ一つ、
原子力発電しかないことになるのです。
「水素社会」の実現は、
「原子力発電の大規模な復活」ありきの
計画であることを指摘しています。

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その原子力発電についても、
政府が目指す次世代型としての
「高速増殖炉」「高温ガス炉」ともに
実用のめどが立っていないことを
明らかにしています。
このまま「水素社会」計画を
推し進めるとすれば、
既存の原子炉の活用しかあり得ません。

そう考えると、
昨今の理不尽とも思える
「運転期間延長認可制度」が
導入された理由も腑に落ちます。
結局、利権なのでしょう。
この国の施政者の示す
エネルギー政策は、
決して国民のためではなく、
電力会社をはじめとする
利権を持つ人間のためのものなのです。

政府の甘い言葉に騙されないように
しなければなりません。
批判的な「ものの見方」が大切です。
こうした情報を正しく
収集するためにも、読書は大切です。

〔水素および燃料電池の可能性について〕
現在のように、一つの発電所が
広域の電力をカバーする形では
不可能なのでしょうが、
狭い地域で自然エネルギーによる発電
(地熱発電・波力発電・風力発電等)の、
夜間発電分の余剰電力による
水素製造が可能であるなら、
実用できるのではないかと思われます。
しかしそのためには、
現在の大手電力会社独占の状態を
強制的にでも
解除しなければならないため、
相当な困難が予想されます。
まず見直すべきは、「大規模発電に
頼るしくみ」なのでしょう。
広域ブラックアウトの問題でも
明らかなように、
大規模発電は限界を迎えています。
各地域ごと、その実情に見合った
小規模発電システムの構築、
そして発送電の完全分離の推進こそ、
エネルギー問題解決の
糸口につながるのではないかと、
素人ながら考えます。

(2023.6.6)

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

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