「木乃伊」(中島敦)

わからないなりに愉しむことこそ中島文学の味わい方

「木乃伊」(中島敦)(「中島敦全集1」)
 ちくま文庫

「中島敦全集1」ちくま文庫

朝になって思出そうとする
昨夜の夢のように、
どうしても
思出せなかったことが、
今は実に、
はっきり判るのである。
なんだ。こんな事だったのか。
彼は思わず声に出して言った。
「俺は、もと、
この木乃伊だったんだよ。
たしかに」…。

中島敦といえば「山月記」が有名ですが、
その「山月記」は
「古譚」と題された四篇からなる
連作短編集の一篇(第三作)なのです。
本作品「木乃伊」は、
その「古譚」の第二作にあたります。
SFもしくはホラーのような
テイストでもあり、
「ミイラ取りがミイラになる」という
コントの可能性もある、
不思議な作品となっています。

〔登場人物〕
パリスカス
…ペルシャの将軍。田舎者。
 見知らぬエジプトの言葉を
 理解できるような気がしてくる。
カンビュセス
…時のペルシャ王。凶暴。
 先王アメシス王の墓を暴くよう
 部下に命令する。
「木乃伊」
…パリスカスが無意識のうちに
 足を運んだ墳墓に安置されていた
 木乃伊。パリスカスはそこに
 かつての自分を見る。

筋書きは至って簡単です。
ペルシャ将軍パリスカスは、
エジプト兵捕虜の言葉が、
ある日なんとなく理解できた。
エジプトへ行ったこともなく、
エジプト人と接したことも
ないにもかかわらず。
ペルシャ王が先王アメシスへの
遺恨を晴らすために、
隠された墳墓を探し出すよう命令する。
パリスカスは導かれるようにして
入った墳墓の中の木乃伊から、
自分の前世の記憶を思いだし、
自分がかつてその木乃伊だったことを
知る、というものです。

本作品をどう捉えるか?
なかなか難しいものがあります。
前述した「山月記」のような
変身譚でしょうか。
パリスカスの外見は変化せず、
内面が「転生前の自分」に
退行したと考えることができます。
だとしても、そこから見いだせるのは
「ミイラ取りがミイラになる」程度の
ジョークにもならない
逸話ぐらいでしょう。

同じ「古譚」の第一篇「狐憑」のように、
何かのメタファーである
可能性があります。
いったい何の?
軍隊での物語であり、
「狐憑」と同じように、時局柄、
婉曲な体制批判であることが
考えられます。
無批判に権力に従えば、
とんでもない結果が待ち構えている、
ということでしょうか。
いくらなんでも
それでは焦点が甘すぎます。

created by Rinker
¥1,100 (2024/06/18 18:28:02時点 Amazon調べ-詳細)
今日のオススメ!

気になる一節があります。
「前世の自分が、
 一つの木乃伊と向い合っている。
 前世の自分は、その木乃伊が
 前々世の己の身体であることを
 確認せねばならない。
 前世に喚起した、
 その前々世の記憶の中に、
 恐らくは、前々々世の己の同じ姿を
 見るのではなかろうか。
 合せ鏡のように、目くるめくばかり
 無限に続いているのではないか?」

輪廻転生が起こりうるものであり、
またその記憶を呼び覚ますことが
可能になれば、
上に記したようなことも
実際にはあり得るのでしょう。
しかしながら、だとすれば中島は
私たちに何を伝えたかったのか?
わからないことだらけです。

わからないなりに、
中島敦の小説は
しっかりと味わうことができます。
戦前に活躍した作家でありながら、
その素材を中国や南洋、
古代ヨーロッパに求め、
純文学でありながらも
SF、ホラー、ルポルタージュ的要素を
盛り込んだ作品の多い中島です。
わからないなりに愉しむことこそ、
中島文学の味わい方といえるでしょう。

〔ちくま文庫「中島敦全集1」収録〕
古譚
 狐憑
 木乃伊
 山月記
 文字禍
斗南先生
虎狩
光と風と夢
[習作]
 下田の女
 ある生活
 暄嘩
 蕨・竹・老人
 巡査の居る風景
 D市七月叙景(一)
[歌稿 その他]
 和歌でない歌
 河馬
 Miscellany
 霧・ワルツ・ぎんがみ
 Mes virtuoses(My virtuosi)
 朱塔
 小笠原紀行
 漢詩
 訳詞
解説・解題

〔青空文庫〕
「木乃伊」(中島敦)

〔中島敦「山月記」〕

created by Rinker
¥288 (2024/06/19 00:25:38時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥1,900 (2024/06/18 18:28:03時点 Amazon調べ-詳細)

〔ちくま文庫「中島敦全集」〕
ちくま文庫から全3巻で出されている
「中島敦全集」はお薦めです。
中島は早逝したため、
創り出された作品は
多くはありませんでした。
どうせ読むなら、
3冊からなる文庫本全集で
そのすべてを読んでみませんか。

created by Rinker
¥3,410 (2024/06/18 19:43:29時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥1,210 (2024/06/18 19:43:27時点 Amazon調べ-詳細)

幸いなことに2023年5月現在、
まだ流通しています。
今のうちに買い求めれば、
一生愉しむことができます。

(2023.6.5)

Jensie De GheestによるPixabayからの画像

【関連記事:中島敦作品】

【中島敦の本はいかがですか】

created by Rinker
¥475 (2024/06/19 00:25:40時点 Amazon調べ-詳細)
created by Rinker
¥970 (2024/06/18 19:31:02時点 Amazon調べ-詳細)

【今日のさらにお薦め3作品】

【こんな本はいかがですか】

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA