「椿宿の辺りに」(梨木香歩)①

「痛み」のもたらした新しい人生観

「椿宿の辺りに」
(梨木香歩)朝日新聞出版

頭痛腰痛三十肩、そして鬱病と、
佐田山幸彦は
痛みに悩まされていた。
そして従妹の海幸比子も
階段から落下し、骨折していた。
なぜ自分たちは
痛みに難渋するのか?
死んだ祖父からの伝言に従い、
山幸彦は祖先の地
椿宿へ向かう…。

本作品のテーマの一つは「痛み」です。
主人公・山幸彦は
粗筋に掲げた4つに加え、
頸椎ヘルニアまで発症し、
まさに痛みの「百花繚乱」状態なのです。

そもそも「痛み」とは何か?
体からの訴えです。
怪我をしても痛みがなければ
無理をしてしまい、
さらに体を破壊することになります。
病を得ても痛みがなければ
それに気づかずに
命を縮めることになりかねません。
「痛みということが、
 繰り返し一族に
 何かを訴えてきていたのに、
 私はそれに
 まったく気づかずにいた。
 曾祖父もまた、
 その意味するところについては
 歯牙にもかけずにいた。」

彼は、自らの「痛み」を解決するために、
祖先の地の探訪に赴くのです。

しかし、痛みの根源が明らかになり、
問題を解決して
痛みが取り除かれるというような
安易な展開ではありません。
「潜んでいるものを
 暴き出して退治する
 ―それで果たして問題は
 解決するのだろうか」

問題は解決しないまま週末を迎えます。

祖先の家に棲む稲荷様を祀る問題、
かつて起きた藩主のお家騒動と
切腹の過去、
神主としての一族のルーツ、
祖父・藪彦と
生まれざるその兄・道彦の物語、
火山による山体崩壊と
繰り返す河川の氾濫、…。
多くの問題は解決しません。
でも、明らかにはなるのです。
それが「痛み」の
静かな収束をもたらします。
そして山幸彦に
新しい人生観をもたらすのです。
「この痛みが終わった時点で、
 自分の本当の人生が始まり、
 有意義なことができるのだと
 思っていましたが、
 実は痛みに耐えている、
 そのときこそが、
 人生そのものだったのだと、
 思うようになりました。」

山幸彦の曾祖父・豊彦が、
自身の経験した不思議な出来事を綴った
「f植物園の巣穴に入りて」は、
2009年に出版された著者の
長編「f植物園の巣穴」そのものです。
したがって本作品は
その続編にあたります。
とはいえ、豊彦に関わる記述は
本作品にはほとんど登場せず、
時代背景も三世代後(前作はおそらく
大正後期から昭和初期、
本作は現代)ですから
かなりの隔たりがあります。
何よりも「異なもの」が登場しません。
そのため、
まったく別物のように思えますが、
深い部分でしっかりと繋がった、
ひとまとまりの作品と
考えていいでしょう。

二作を連続して読み通すと、
限りない感動が広がります。
ぜひご一読を。

※当ブログは基本的には文庫本新書本に
 限定しているのですが、
 本作品だけは文庫化が待ちきれず、
 単行本段階で取り上げました。
 先日「f植物園の巣穴」を再読した直後、
 本作品の出版を知り、すぐさま
 予約購入した次第です。

(2019.6.10)

kai kalhhによるPixabayからの画像

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