ここから好奇心が芽生え、そして開花した
「少年魯敏謙遜」(石井研堂)
(「日本児童文学名作集(上)」)
岩波文庫

「少年魯敏謙遜」(石井研堂)
(「日本児童文学大系3」)ほるぷ出版

船の揺らるること
異常なりしにぞ、
身を半ば起して窺ひけるに、
幾百千の大魚、
真黒く船の近傍に群集し、
船枻の水際の如きは、
魚頭相並びて嘴を突き付け、
中には三寸五寸づつ
水上に踊りいづるもありて、
麩を争ふ泉水の金魚緋鯉に…。
何のことやらと訝しがっているあなた、
これこそ日本の児童文学の源流、
もしかしたら本邦初の
漂流冒険譚かも知れない作品、
石井研堂の「少年魯敏遜」の一節です。
船が嵐に遭い、漂流して数日、
飢えと渇きに苦しんでいたところ、
ふと目覚めると、周囲に魚が
押し寄せていたという場面です。
それにしても、
恐ろしいほどの設定です。
何しろ主人公「予」は、冬休み中、
個人修学旅行として十里ほど向こうの
離島の寒村に
出かけようとするのですが、
船の定期便があるにもかかわらず、
自ら廃船を加工して創り上げた小舟で
海を渡ろうという無謀な計画。
それが嵐に遭って、漂流。
その果ての魚の群れとの遭遇なのです。
ところがそれは
鱶(フカ=サメの一種)の群れ。
それを海中に飛び込み、素手で捕獲し、
さらには船中で道具なしで
捌いて食すのです。
よく鱶の餌にならなかったものだと
感心するのもつかの間、以後、
鱶をつり上げて一ヶ月ばかり漂流する
小舟の中で「予」は命を繋ぐのです。
以後、「予」の超人的な活躍が続きます。
冬の海を、しばしば
ずぶ濡れになりながらも
力強く生き延びます。
断崖絶壁の孤島に漂着し、
氷点下の海で悪戦苦闘しながらも
船を陸地に引き上げます。
一切の道具のない状態から、
草鞋を編み、雨風を防ぐ小屋を造り、
粘土をこねて焼いて壺をつくり、
釣り竿・釣り糸・釣り針をつくって
魚を釣り、
孤島での生活を始めるのです。
この超人的能力と生命力には、
ロビンソン・クルーソーも、
漂流したイギリスの十五少年たちも、
及ぶところではありません。
さらには、廃船を再加工して再生させ、
自力で日本に帰ろうとさえするのです。
途中で大型船に保護されるのですが、
自ら造り上げた船で、
しかもたった一人での
無人島脱出という試みは、
漂流小説史上初の快挙であるはずです。
本作品の初出は明治33年(1900年)。
当時のベストセラー作品なのです。
まあ、現代の大人の視点で見ると
噴飯ものであっても、
娯楽に乏しい明治の世であれば、
少年少女たちがむさぼり付くように
読みふけったとしても
不思議ではありません。
むしろこのような
ダイナミックな少年冒険小説が、
日本の文壇に登場していたことに
驚きを感じます。
作者・石井研堂は
慶応元年(1865年)生まれ、
なんと夏目漱石の二歳年上です。
明治初期の「窮理熱」(明治初期に
湧き起きた科学入門書ブーム)という
近代科学啓蒙の時代に、
小学校の教員を経て、
「十日間世一周」や
雑誌「小国民」「理科十二ヶ月」などの
少年雑誌の編集に携わった人物です。
多くの子ども向きの科学読み物を
書き上げ、当時の子どもたちに
大きな影響を与えました。
その影響を受けた人物には、
科学者・寺田寅彦や、
政治学者・吉野作造、
ノーベル賞を受賞した
物理学者・朝永振一郎などが
名を連ねます。
本作品もまた
「荒唐無稽な子ども向け作品」などと
馬鹿にしたものではありません。
ここから子どもたちの好奇心が芽生え、
そして開花していったのです。
残念ながら、その著作は
現在ほとんど読むことができません。
本書「日本児童文学名作集(上)」は
流通しているものの、
もう一方の「日本児童文学大系」は
絶版となっています。
あとは電子書籍か
古書を探すしかありません。
まずは本作品をお楽しみください。
〔石井研堂の本について〕
文学作品は絶版中ですが、
小説以外は次の2冊が
2023年5月現在、
まだ流通しているようです。
青空文庫では、次の釣り関係の作品
(おそらくエッセイ)5作品が
公開されています。
大利根の大物釣
元日の釣
研堂釣規
釣好隠居の懺悔
東京市騒擾中の釣
〔「日本児童文学名作集(上)」〕
イソップ物語(抄) 福沢諭吉
八ッ山羊 呉文聡
不思議の新衣裳 巌本善治
忘れ形見 若松賤子
こがね丸 巌谷小波
三角と四角 巌谷小波
印度の古話 幸田露伴
少年魯敏遜 石井研堂
万国幽霊怪話(抄) 押川春浪
画の悲み 国木田独歩
春坊 竹久夢二
赤い船 小川未明
野薔薇 小川未明
鈴蘭 吉屋信子
ぽっぽのお手帳 鈴木三重吉
デイモンとピシアス 鈴木三重吉
ちんちん小袴 小泉八雲
〔「日本児童文学大系3」〕
石井研堂集
動物会
鯨幾太郎
中浜万次郎
少年魯敏謙遜
押川春浪集
海底軍艦
武侠艦隊
解説/年譜/参考文献
この「日本児童文学大系」が素敵です。
全30巻に及ぶ大全集であり、
中でもこの第3巻は石井研堂と、
それに輪をかけたような
荒唐無稽なエンターテインメント小説を
書き上げた押川春浪の作品が味わえる、
感涙ものの一冊となっているのです。
ぜひ古書を探してみてください。
(2023.6.13)

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