「狭き門」(ジッド)

名作「狭き門」、その「わからなさ加減」

「狭き門」(ジッド/山内義雄訳)
 新潮文庫

「狭き門」新潮文庫

美しい従姉アリサに
恋心を抱いた「わたし」。
周囲も二人が
結婚することを疑わない。
しかしアリサは「わたし」を
深く愛しながらも、
「わたし」の愛を拒み続ける。
神の国にあこがれを持ち、
地上での幸福をあきらめた
彼女が選んだのは…。

名作中の名作、ジッドの「狭き門」。
これまで本サイトで
取り上げてこなかったのはひとえに
「わからないから」。
何度目かの再読を行ったのですが、
やはりわかりません。
したがって、今回は
その「わからなさ加減」を
記すしかない状態です。

〔主要登場人物〕
「わたし」(ジェローム)
…語り手。
 従姉アリサに恋心をいだく。
 幼い頃「父」を亡くし、
 今また「母」を亡くす。
「母」
…「わたし」の母親。
 「わたし」の学業のため、
 パリに移り住む。
ミス・フローラ・アシュバートン
…「母」のかつての家庭教師。現在は
 友達として、パリの新居に同居する。
アリサ・ビュコラン
…「わたし」の二つ年上の従姉。
 優雅で美しい。母親の不貞に
 心を痛める。「わたし」を
 愛しながらも、それを拒む。
ジュリエット・ビュコラン
…「わたし」の一つ年下の従妹。
 快活で美しい。
ロベール・ビュコラン
…「わたし」の従弟。
 「わたし」が面倒をみている。
「叔父」(ビュコラン)
…「わたし」の叔父。
 アリサたちの父親。
リュシル・ビュコラン
…「わたし」の叔母。
 アリサたちの母親。
 器量がよく派手好み。
 若い軍人と不貞をはたらく。
ヴォーティエ牧師
…幼い頃のリュシルを引き取り、
 養女とした。
アベル・ヴォーティエ
…牧師の息子。「わたし」の友人。
 ジュリエットに恋をする。
フェリシー・プランティエ
…「わたし」の叔母。未亡人。
エドゥワール・テシエール
…葡萄農家兼商人。
 ジュリエットに求婚する。

どこまで行っても理解不能であるのが
アリサの心です。
愛しているけれども、その愛を拒む。
「ジェロームは地上での幸福を求め、
アリサは天上での幸福を求めた」
というのがよく言われる、
キリスト教の教義をもとにした
解釈です。
しかしそれでは何か腑に落ちません。
彼女の激しい葛藤を見る限り、
そのような単純なものでは
ないような気がするのです。
彼女はいったい
どういう状態を求めているのか?
それはジェロームの側からは
まったくうかがい知ることが
できないものであり、
読み手は「わたし」とともに
困惑するしかないのです。
そして、終末の「アリサの日記」が
すべてを解き明かすかと思えば、
そのようなことはありません。
アリサ自身も
それを語ってはいないのです。
いや、彼女自身もそれがわからないまま
煩悶していた可能性があります。
彼女の求める愛。
作者ジッドはそれを目に見える形では
提示していない(と思われる)のです。

そうでありながらも、本作品は、
いやすべてのジッド作品は、
キリスト教を理解していなければ、
その深奥に触れることができないのは
確かです。
それがわかっていながら
手がかりさえつかめない
もどかしさを感じます。

それを解くべき鍵を
人物配置に求めることも、
一般の小説であれば可能でしょう。
しかし、アリサの母親リュシルの不貞に
それを求めようとしても
限界があります。
「母親の姿を見た彼女は、
男性を愛することに不安を覚えた」
というのでは、あまりにも浅すぎます。
それでいて、リュシルが
ヴォーティエ牧師に
引き取られたという生い立ちが
わざわざ記述されていること、
そしてそのヴォーティエ牧師の
息子アベルがジュリエットに恋をして
筋書きをかき乱していることなど、
作者の人物配置・人物設定には
疑問がつきまといます(単にわたしが
読み取れないだけかも知れませんが)。

作者の実生活と重ね合わせるという
試みもいくつか成されているようです。
ジッドは作中の「わたし」同様に、
従姉であるマドレーヌを
妻としています。しかし
同性愛の傾向が強かったジッドは、
結局妻マドレーヌには
手をつけなかった、
いわゆる「白い結婚」であり、
マドレーヌは処女妻として
一生を終えています。
その原因の一つとして、
本書解説にも記されているのですが、
ジッドは「清純な女性には
肉体的な欲望はないと思い込」んでいた
ことが挙げられています。
それを引き合いに出し、
「アリサも肉体的な欲望がなかった」と
分析してしまうと、
作品自体が崩壊してしまいます。

わからない作品でありながら、同時に、
突き放してしまうことのできない
作品でもあるのです。
学生時代に読み、
大人になってからも幾度か再読し、
今回文庫本を買い直して
(学生時代のものはもはや
老眼には厳しい)再挑戦したのですが、
作品の本質に接近することが
できませんでした。
私にとって、本作品の理解は限りなく
「狭き門」に感じられます。
それでもいつかまた
読みたくなるはずです。
それが名作というものですから。

〔ジッド「狭き門」〕

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2件のコメント

  1. わたしもかなり昔に、二回は読んだと思いますが、やはり何故アリサは拒むのかと疑問に思いました。
    今、作品を読まずに、ラバン船長さんのお話だけで、ふと思い付いたのですが……アリサは母親の性的なだらしなさを、自分の中にもあると確信しているのではないでしょうか。だから愛しているジェロームを必ずや裏切るだろうと、またそれをしている自分の醜さを、アリサは恐怖しているのだと思います。

    1. コメントありがとうございます。
      「性的なだらしなさ」かどうかはともかくとしても
      母親の生き方がアリサの考え方に
      何らかの影響を及ぼしているのは確かでしょう。
      なくても良いような母親の記述を
      わざわざ詳しく展開しているのですから、
      作者ジッドに何らかの意図があるはずです。

      ところがそれがどんな影響なのか、
      作品に書かれてあることからは
      見えてこないのです。

      本作品は、こうして頭を悩ましながら、
      そして頭を悩ましている者同士が
      情報交換しながら
      繰り返し再接近を試みる作業が
      必要なのかも知れません。

      これからもどうぞよろしくお願いいたします。

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