「虎使ひ志願」「虎から豹へ」(長谷川如是閑)

何と…、今度は「虎」と「豹」です。

「虎使ひ志願」「虎から豹へ」
(長谷川如是閑)
(「如是閑文藝選集1」)岩波書店

「如是閑文藝選集1」岩波書店

「虎使ひになつちや何うだ」。
日々の生活に
飽き飽きしていた「彼れ」は、
友人が掛けた
その言葉に反応する。
虎使いの老人を訪れた「彼れ」は、
老人からその心得を教わる。
「此方がビクついちやあ
駄目なんだ。
疑えが此方にあるんだから…。
「虎使ひ志願」

工場の事務員となった「彼れ」は、
渡船の中で
「虎使ひのおとつさん」と
再会する。
「彼れ」は以前弟子入りした
「虎使ひ」を、
十日ほどで辞めていたのである。
「おとつさん」は
豹使いを探していると
「彼れ」に打ち明ける。
「豹は一寸人間てとこ…。
「虎から豹へ」

岩波文庫刊「ふたすじ道・馬」を読んで、
長谷川如是閑の作品世界に
魅入られてしまいました。
特に「お猿の番人になるまで」
「馬」「象やの粂さん」といった、
動物シリーズとでもいいたくなるような
一連の作品には
独特の味わいがあります。
他には出版されていないのか?
そう思って調べてみると、
全4巻からなる「如是閑文藝選集」が
岩波書店から出ていました。
収録作品には何と…、
今度は「虎」と「豹」です。

1919年、1922年に
それぞれ発表された二作は、
主人公が同一です。
世の中に嫌気がさした「彼れ」は
刺激を求めて「虎使ひ」になるのですが、
それもまた機械的動作の
繰り返しであることに気づき、
まもなく廃業したところまでが
「虎使ひ」に描かれます。
その数年後、
工場の事務員となったものの
馘首された「彼れ」は、
再会した「おとつさん」から今度は
豹使いの話を切り出されます。
「彼れ」は興業主の悪行に嫌気がさし、
初日からいきなり豹の檻に
入ろうとして取り押さえられる場面で
物語は終わります。
さて、如是閑はこの二つの作品で
何を描きたかったのか?

一つは社会における閉塞感でしょうか。
本作品が書かれたのは大正期。
当時の日本は、
第一次世界大戦の影響で
好景気に沸きました。
しかしその恩恵を受けたのは
一部の資本家のみであり、
貧富の差の拡大を招いた結果、
多くの民衆は物価の高騰に
喘ぐようになったのです。
さらには米の価格が高騰したことを機に
日本のあちこちで
暴動が起きたりもしたのです。
「大正デモクラシー」という
美名の裏側に、閉塞感を抱えた民衆が
数多く存在していた時代なのです。
如是閑は、そうした時代の空気を作品に
写し出そうとしたと考えられます。

「虎使ひ志願」の終末に、
このような一節があります。
「彼れは同じ廃業を、
 彼れと人間との生活に対して
 することの出来ないのを
 彼れ自身変に思つた。
 虎使ひを直ぐに廃めたやうに、
 それと同じに彼れを焦ら立たせ、
 彼れを怒らせてゐる生活から、
 何故即座に
 脱退しないのであらうか」

もう一つは資本家の傍若無人な有様の
告発でしょうか。
「虎から豹へ」では、
「虎使ひ」時代に世話になった
パン屋の娘・おふみが、
「豹使ひ」の興業主の
おもちゃになっていることを知り、
自暴自棄となる様子が描かれています。
当時の現実の社会にも、
そのような金の力にものを言わせた
資本家たちが大勢いたのでしょう、
如是閑は、登場人物の口を借りて
糾弾しているかのようです。
「あれで末へ行つて悪くなかつたら、
 天道様は辞職するが好んだ」
「馬鹿々々しい、
 真正直なものは、片端から
 ギユて目に遭はされるんだ」

長谷川如是閑は作家が本業ではなく、
実はジャーナリストです。
したがってその小説にも
時代の暗部を写し出したり、
社会の歪な構造を炙り出したものが
多く見られます
(岩波文庫「ふたすじ道・馬」の五篇は
すべてそうです)。
この二作品も、
奇をてらった小説などではなく、
表面に書かれてあること以上の、
如是閑の鋭いまなざしを感じさせる
筋書きとなっているのです。

こうした作品が
埋もれたままになっていることは
実にもったいないことです。
現在、古書は比較的容易に
入手できるようですが、
電子化もされておらず、
地方の図書館には
置かれていないでしょう。
如是閑作品に出会うのは、ますます
難しくなっていくと思われます。
他の如是閑作品も、少しずつ
取り上げていきたいと思います。

〔本書収録作品一覧〕
ふたすぢ道
お猿の番人になるまで
虎使ひ志願
虎から豹へ

二人の軽業師

象やの粂さん
凡愚列伝(抄)
 「凡愚列伝」とは 読者へのことば
 髪結ひのおとら
 鳩婆さん
 目が開いた日には大変な男
 雪を廻す男
 「クジ六」の軍功
 ある男爵家の系図
 老校長の「左遷」
 デユポン博士とその妻
 正真正銘の仏弟子
*後記(山領健二)
*如是閑における小説の成立
  ―異化と喪失の経験からの
  (飯田泰三)

〔長谷川如是閑の本〕
如是閑文芸選集 1
如是閑文芸選集 2
如是閑文芸選集 3
如是閑文芸選集 4
長谷川如是閑はジャーナリストであり、
創作は文庫本では
一冊しか出版されていません。
同じ岩波文庫からは
二つの評論集が刊行されています。

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1969年没のため、青空文庫への登場は
まだまだ先になります。
それまで忘れ去られるようなことの
ないよう願っています。

(2023.7.24)

JL GによるPixabayからの画像

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