「判任官の子」(十和田操)

脚色のない子どもの姿と心と目線

「判任官の子」(十和田操)
(「百年文庫079 隣」)ポプラ社

「百年文庫079 隣」ポプラ社

県庁の技師の子で
眼痴の三木義秋と
県病院長の子のくせに青しん坊の
背のひょろ高いその上
ドモリの花村隆は
小学生のくせに毎日朝から夜まで
洋服ばかり着ている。
どうしても中学校へ入るまでに
ラシャの洋服が
欲しくてならない。…。

子ども時代の思い出を
ノスタルジックに描いた作品は
いくらでもあります。
本作品はそれらとは異なり、
筋書きらしいものがないまま、
作者が思い出を書き連ねたような、
そんな作品です。
短篇ながら、
不思議な味わいのある作品です。

〔主要登場人物〕
「私」(永田ゆたか)

…語り手。小学生。
三木義秋
…「私」の友だち。県庁の技師の子。
 片眼が不自由。
花村隆(院長)
…「私」の友だち。県病院長の息子。
渡浜太郎
…「私」の友だち。眼科医の息子。
二宮加代子
…「私」の友だち。戦死した軍人の娘。
齋木先生
…「私」の受け持ちの先生。

今日のオススメ!

本作品の味わいどころ①
周囲と比較して感じる家の貧しさ

主人公で語り手の「私」は、
裕福ではない家庭の
子どもなのでしょう。
自分と他の「着ているもの」を比較して、
うっすらとその現状を理解しつつある
年ごろです。
粗筋代わりに冒頭で取り上げた一節は、
そうした「私」の心境が綴られています。
三木・花村の二人が
いつも洋服を着ていて、
渡は外套を持っているが、
自分は「洋服」なるものを
一切持っていない、そのことに
軽い引け目を感じるとともに、
いつかは自分もという
淡い希望が込められています。

三木・花村の一家も、
決して資産家と言うほどのものでは
ありません。「私」の家よりも
ちょっとだけ豊かだという、
その程度のものなのです。
だから高価な持ち物を
持っているわけでもなく、
大きな家に住んでいるのでもなく、
「着ているもの」の
わずかな差異だけなのです。
しかし子どもにとってはそれが
「大きな違い」なのかも知れません。
そうした子どもの細やかな感情が、
実によく描かれているのです。
本作品の一つめの味わいどころです。

本作品の味わいどころ②
希望を持ち続ける庶民の姿の描写

そうした中で、
「私」も洋服とはいかないまでも、
外套だけは手に入れることになります。
子どもに無頓着に見える
「私」の両親ですが、
決して我が子をないがしろにしている
わけではないのです。
少ない稼ぎの中から
奮発したのでしょうか、
外套を「私」のために
用意することができたのです。

本作品の発表は1936年(昭和11年)。
この時代の
庶民の生活を描いた作品には、
貧困に押しつぶされそうな家庭を
描いた作品も数多く見られます。
しかし本作品の「私」の一家は
決してそうではありません。
しっかりと希望も
持っているということがうかがえます。
こうしたたくましい庶民の姿こそ、
本作品の二つめの
味わいどころといえるでしょう。

本作品の味わいどころ③
脚色のない子どもの姿と心と目線

そして、そうした事情が、
大人の目線を一切排し、
子どもである「私」の、
子ども当時の心で描かれているのです。
それが実に正直に、
そのまま記されているのです。
どうしても寝小便を続けてしまうこと、
渡の母親が継母であり
元芸者であるらしいこと、
子どもなりに
卑猥な話題を愉しんでいる様子、
女の子である加代子を含めて
遊んでいるときの微妙な関係の様子、
三木の片眼の潰れていることを
無邪気に揶揄している様子、
三木の母親が
「私」を妙な形で可愛がる様子、
加代子をいじめた冤罪を着せられて
担任から問答無用で叱られている様子、
そうした描写が、
おそらくはまったく脚色なく、
子ども時分に見たまま感じたままに
再現されているものと思われます。
大人となった作者の「大人の思考」は、
ここにはまったく存在しません
(だから筋書きが存在しない)。
この、脚色のない
子どもの姿と心と目線こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。

十和田操は、
1900年生まれの作家です。
時事新報社の社会部記者として
働くかたわら、
小説を書くようになった人物です。
女性のような名前なのですが、
「操」は妻・操子から採った
ペンネームなのです(本名:和田豊彦)。
途中で朝日新聞社出版部に
籍を変えたのですが、
定年まで会社員と作家の二足草鞋で
活動したユニークな経歴なのでした。

激しい展開のある作品や、
現代作家のトレンディな作品を
読むばかりが読書ではありません。
こうしたしみじみとした作品を
味わうことこそ、
大人の読書というものです。
ぜひご賞味あれ。

〔「百年文庫079 隣」〕
駄菓子屋 小林多喜二
判任官の子 十和田操
三月の第四日曜 宮本百合子

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