「人形はなぜ殺される」(高木彬光)

日本ミステリ史屈指の難事件、神津敗北。

「人形はなぜ殺される」(高木彬光)
 角川文庫

魔術の発表会の楽屋において、
断頭手品の種の「人形の首」が
何者かに盗まれる。
その首は、
ギロチンで首を切断された
死体の傍らに転がっていた。
そして第二、第三の殺人もまた、
まず人形が殺害されたのちに
行われていく。
人形はなぜ…。

高木彬光の生み出した
日本三大探偵の一人・神津恭介登場の
長篇作品です。
明智小五郎金田一耕助以上といわれる
明晰な頭脳を持つ
天才的名探偵なのですが、
今回は完全に敗北です。
なんと魔術協会の二人から
知恵を借りた形で
最後の事件を防いだだけで、犯人には
やられっぱなしで終わるのです。
さて、どんな事件か?

〔主要登場人物〕
神津恭介

…東京大学医学部法医学教室助教授。
松下研三
…探偵小説作家。神津の親友。
 犯人に殴打され戦線途中離脱。
青柳悠次
…将棋棋士八段。魔術協会会員。
 研三の飲み友達。
綾小路実彦
…魔術協会顧問。民政党代議士。
 綾小路家当主。
綾小路滋子
…綾小路家の長女。
 精神を病み、入院中。第四の犠牲者。
綾小路佳子
…綾小路家の次女。
 神津に相談を持ちかける。
 第二の犠牲者。
綾小路典子
…綾小路家の三女。
中谷譲次
…元魔術師。フーディニエの再来と
 呼ばれたこともある。
 日本アマチュア魔術協会顧問。
 喫茶店マスター。
永野ゆみ子
…譲次の妻。喫茶店マダム。
水谷良平
…大衆金融機関福徳経済会専務。
 魔術協会会員。綾小路佳子と婚約。
布施哲夫
…水谷良平の秘書。
京野百合子
…福徳経済会事務員。協会会員。
 綾小路佳子の腹違いの姉にあたる。
 第一の犠牲者。
杉浦雅男
…自称詩人。せむし。協会会員。
 毒舌家。第三の犠牲者。
小月マリ
…新映映画女優。魔術協会会員。
辰野千鶴子
…百合子の親友。生命保険会社外交員。
新藤信彦(偽名)
…京野百合子が殺害されたアトリエを
 購入した不審な人物。殺人犯。
長谷川はる
…新藤のアトリエに通う使用人。
沢村幹一
…滋子が入院している精神病院の院長。
村瀬俊一
…新藤のアトリエで死体を発見した
 地元の巡査。
桂捜査一課長…警視庁警察官。
島本鑑識課長…警視庁警察官。
高川警部…警視庁警察官。

〔本書の構成〕
序奏
第一幕 断頭台の女王
第二幕 月光協奏曲
第三幕 黒いミサの犠牲
読者諸君への挑戦
第四幕 人形死すべし

〔事件の概略〕
⑴第一幕
・新作魔術発表会楽屋にて、
 京野百合子所有の
 鍵付きの容器の中から
 魔術用の「人形の首」
 (百合子の首切りマジック用)が
 盗まれる。
・アトリエで百合子の首なし死体と
 盗まれた人形の首が発見される。
・凶器は魔術で使用予定の断頭台。
⑵第二幕
・綾小路家別荘のマネキン人形が
 何者かに持ち出され、線路上に放置、
 列車「銀河」に轢断される。
・轢断の現場を調べに出た研三が
 犯人に殴打される。
・綾小路桂子、轢死体で発見される。
・桂子を轢いた列車「月光」には
 神津が出張のため乗り合わせていた。
⑶第三幕
・神津、捜査に参戦、
・綾小路家別荘の獅子の置物が
 刃物の突き立てられた状態で
 発見される。
・中谷の催した黒ミサの最中、
 杉浦が毒殺される。
⑷第四幕
・首を切断された京人形が
 綾小路典子のもとに届く。
・犯人と目された男、自殺。
・精神病院入院中の綾小路滋子、病死。
・研三と神津、最後の殺人を阻止、
 真犯人捕縛。事件解決。

本作品の味わいどころ①
随所に仕掛けられた魔術

本作品は、
「魔術」が一つのテーマとなっています。
関係者の多くは
「日本魔術協会」の会員たち。
第一幕で、鍵のかかる容器中の人形の
首が何者かに盗み出されるという、
軽微な盗難から事件は始まるのですが、
その手口も十分にマジックです。
その後に被害者が首を切断されたのも
魔術用ギロチンです。
第二幕での人形消失も魔術的なら、
続いて起きる美女列車轢死事件の手口も
また鮮やかすぎます。
第三幕にいたっては、
黒ミサ中の毒殺など、
魔術師でなければできないような
トリックです。
全編魔術の連続なのです。

それでいて乱歩的な(乱歩にも
「魔術師」なる小説がある)幻想小説には
なっていません。
徹底的に現実的な設定と描写に
なっているのです。
これこそが高木彬光の真骨頂です。
この、随所に仕掛けられた魔術こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
天才探偵神津恭介の敗北

本作品の目玉は、
なんといっても名探偵の敗北です。
日本三大探偵の一人、
その中でも随一の切れ者探偵の
神津恭介は、今回の事件においては
まったくお手上げ状態です。
第一の事件では、
警察の捜査を見守って静観している、
それは仕方のないところですが、
第二の事件では
研三からの出馬要請があったにも
かかわらず、
学会出席を優先させたために
殺人を阻止できず、
しかも神津が乗り合わせていた列車で
被害者が轢死させられるという
不名誉な事態が。
さらに第三の事件では、
神津が同席した黒ミサの最中に
殺人が行われるという大失態。
容疑者の一人が別件で自殺したため、
幕を引きかけたのですが、
なんと第四の事件が幕を開けるという、
異常事態。
最後の殺人を
食い止めることができたのも、
関係者二人(この二人は神津よりも
事件の真相に接近していた)から
与えられたヒントがきっかけという
体たらく。
名探偵形無しです。

これも一つの味わいです。
名探偵が苦戦するほど、
事件は複雑かつ難解であるという
証左なのです。
「綾小路家連続殺人事件」は
そうした意味で、日本ミステリ史
屈指の難事件といえるのです。
この、天才探偵神津恭介の敗北こそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
人形による予告殺人の謎

予告殺人の手法を取り入れた作品は
いくつかあります。
その多くが手紙などの文書による予告
(というよりも脅迫状)などですが、
こちらは人形による殺人予告です。
誰を殺害するという
明確なものではないにせよ、
まず人形が殺され、そののちに
関係者の誰かが殺害されるという、
かなりミステリアスなものと
なっているのです。

本作品の表題は「人形はなぜ殺される」。
ここで注意すべきは人形が
「壊される」ではなく
「殺される」になっていることです。
まず切断された人形の首があり、
それが切断された人間の頭部と
入れ替わった形で発見される。
マネキン人形が線路上で
列車に破断され、
そののちに人間が線路上で轢死する。
人形は単純に
「破壊」されているのではなく、
「殺害」されているのです。
そして表題の「なぜ」。
人形が殺されること自体に理由があり、
それを読み手に問いかける、
つまり読み手への挑戦状と
なっているのです。
この、人形による
予告殺人の謎を解くことこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

やはり高木彬光のミステリは
味わい深いものがあります。
その構成と設定の緻密さ、
幻想味を排しての現実的描写、
本格的探偵小説の体裁、
どれをとっても秀逸です。
ぜひご賞味ください。

昭和50年代、角川文庫から
多数出版されたにもかかわらず、
そのすべてが長らく絶版、
一部が光文社文庫から復刊したものの、
その多くはやはり絶版、
現在流通しているのは数点のみです。
今年(2025年)は高木彬光の没後30年。
そろそろ再評価と
復刊がなされてもいい頃なのですが、
その動きはまったくありません。
残念な限りです。

(2025.11.21)

〔関連記事:高木彬光作品〕

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「妖婦の宿」
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