「白昼の死角」(高木彬光)

鮮烈に描かれるピカレスクロマン

「白昼の死角」(高木彬光)角川文庫

温泉宿で療養中の推理小説作家
「私」が出会った男は、
自身の犯した犯罪を
静かに語り始める。
それは専門の法律家さえも
驚嘆するような、
法律の死角や盲点を突いた
大規模な経済詐欺事件だった。
「私」はその物語を
ノートにまとめる…。

推理小説作家「私」とはもちろん
作者・高木彬光その人です。
冒頭の「恐るべき天才」と
結末の「エピローグ」のみ、
この物語の出自が
語り手「私」によって語られ、
本編部分は三人称で
この事件記録が綴られているのです。
全680頁に及ぶ大長編作品です。
どんな事件が描かれているのか?

〔主要登場人物〕
「私」(高木彬光)

…肺病を止み、療養中の推理小説作家。
鶴岡七郎
…希代の経済犯罪者。東大在学時、
 闇金融「太陽クラブ」に加わる。
 保釈中に作家・高木彬光と出会い、
 自らの事件を語った。
鶴岡(藤井)たか子
…七郎の妻となるが、自死。
鶴岡綾子
…七郎の情婦から妻となる。
隅田光一
…きわめて優秀な成績の東大生。
 「太陽クラブ」を設立し、
 経済犯罪を企てる。
木島良助
…東大生。「太陽クラブ」の一人。
九鬼善司
…東大生。「太陽クラブ」の一人。
渡辺きぬ子
…「太陽クラブ」事務員。
 隅田の情婦の一人。
山川恵美子…隅田と交際している女性。
杉浦珠枝…隅田の秘書兼情婦。
島村三枝子…墨田の情婦の一人。
金森光蔵
…高利貸し。
 七郎がその思想に感化される。
太田洋助…香具師・油屋一家の幹部。
血桜の定子…洋助の情婦。
吉井広作
…静岡銀行島田東支店次長。
 詐欺の犠牲者。
 のちに七郎に加担する。
吉井久美子
…広作の妻。七郎と関係を持つ。
伊達道美
…帝国通運経理課長。
 杉浦珠枝を妻とする。
鹿島詮蔵…鹿島精機社長。
高島長蔵…高島一家の組長。
加藤清吉
…高島一家の構成員。
 七郎、そして木島を脅しに来るが、
 逆に正当防衛として射殺される。
津田兼太郎…大洋信託銀行営業部長。
江沼教雄…金融ブローカー。
鹿小島義一
…闇物資の取引で財を成した男。
政田雄祐…悪徳私立探偵。
野崎寿美男…大和皮革社長。
上松利勝…大和皮革専務。
五十畑敏行…川前工業専務。
フランシスコ・ゴンザロ
…パセドナ公使館公使秘書。
小岩恭造…高岡薬品工業金融担当専務。
福永博正
…検事。七郎の事件を捜査する。
西郷俊輔…警視庁捜査第三課警部。

本作品の味わいどころ①
鮮烈に描かれるピカレスクロマン

本作品は
謎解きミステリではありません。
なぜなら犯人も手口も
最初から明かされているからです。
犯罪者の視点から描かれた、いわゆる
「倒叙ミステリ」といわれるものです。
それもただの
「倒叙ミステリ」ではありません。
「倒叙ミステリ」の多くは、
犯罪者側から描くことにより、
探偵から追い詰められるサスペンスを
売りにしているものが多いのですが、
本作品の犯罪者・鶴岡七郎は
追い詰められないのです
(最後に逮捕されるが、
見事に逃げおおせている)。

主人公・鶴岡七郎の、
その凄腕ぶりが見事です。
六法全書を調べ上げ、
法律の盲点を洗い出す。
緻密な計画を練り、
周到に準備し、獲物を探す。
仲間を適材適所に配し、
最大の効果を上げる。
大胆な演技で疑いを招くことなく
相手を罠にかける。
自らも被害者であることを強調し、
自分に罪が降りかからないようにする。
警察の取り調べにも、
暴力団の横暴にも屈しない。
同じ手口を二度と使わず、
証拠をつかませない。
すべてにおいて完璧なのです。
最後は彼のミスではなく、
元仲間が起こした事件の巻き添えで
逮捕されるのですが、
それも巧妙にすり抜けるのです。
この、鮮烈に描かれる
ピカレスクロマンこそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
戦後の混乱期、しかし怪奇色ゼロ

本作品の筋書きは
昭和23年から始まります。
戦後の混乱期を
舞台にした作品といえば、
横溝正史をはじめとして、
おどろおどろしい殺人事件の謎を
探偵が解き明かすというスタイルが
流行しました。
ところが本作品は、
まったく怪奇色はありません。
殺人も登場しますが、
それがメインではありません
(正当防衛など)。
したがって
奇抜なトリックも存在しません。
あるのはただただ
リアリティに満ちた
経済犯罪だけなのです。

ジャンルとしては「社会派ミステリ」と
いうことになるのでしょう。
1958年に松本清張が発表した
「点と線」が
その嚆矢と言われていますが、
本作品はその翌年の1959年から
雑誌連載開始、
社会派ミステリの黎明期にあって
完成した超大作なのです。
それまでの神津恭介シリーズの
探偵推理とは完全に作風が変化し、
その後の百谷夫妻シリーズ・
霧島三郎シリーズといった
法廷ミステリとも趣の異なる、
高木彬光作品の中でも
その個性の際立った
作品となっているのです。
この、戦後の混乱期を舞台としながら、
怪奇色のまったくない新テイストこそ、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
高木彬光の真骨頂!法律ミステリ

経済犯罪を
リアルなまでに表現し得た理由は、
作者・高木彬光の飽くなき
探究心の結果なのでしょう。
「成吉思汗の秘密」でも、
入念な歴史調査の成果が
作品に結晶化しているのですが、
本作品においても
法律・制度・経済について
丹念に調べたものと考えられます。
それが以降の法廷ミステリに
つながっているのでしょう。

なんと高木は
京都帝国大学工学部冶金学科卒。
文学部でも法学部でもなく、
専門は理工系なのです。
しかしそうした学問を
修めた人間にとって、
物事を論理的・構造的に捉えることは
得意だったはずです。
煩雑な六法全書も、
高木にとっては理解の難しいものでは
なかったのかもしれません。

怪奇色の強いミステリは
作家の想像力が命ですが、
リアリティを追求した法律ミステリなら
徹底した取材のできる作家でなければ
書き上げることはできないのです。
この、高木彬光の真骨頂ともいえる
社会派ミステリのリアルさこそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

高木彬光作品の
面白さにはまっています。
乱歩横溝とは異なる面白さです。
残念ながらその作品の多くが
絶版中となっています。
古書で見つけてご賞味ください。

(2026.1.9)

〔関連記事:高木彬光作品〕

「人形はなぜ殺される」
「検事霧島三郎」
「人蟻」

〔高木彬光・角川文庫〕

xiSergeによるPixabayからの画像

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