「不思議な少年44号」(トウェイン)

最後の「すべては夢」、それは絶望か救済か

「不思議な少年44号」
(トウェイン/大久保博訳)角川文庫

古城で印刷工場を営む
シュタイン家の戸口に
見知らぬ少年が現れる。
疑念を抱いた印刷工たちは
彼を追い返そうとするが、
慈悲深い主人は
彼を住み込みの見習い工とする。
自らを「第44号
ニューシリーズ864962」と
名乗った少年は…。

トウェインの死後に発表された作品
「不思議な少年44号」を読みました。
しかしかつて岩波文庫で読んだ
「不思議な少年」とは
全く異なる筋書きと肌触りです。
しかも岩波文庫版と比べて
わかりにくいのです。
その「わからなさ」こそが
本作品の味わいどころといえるのです。

〔主要登場人物〕
「わたし」(アウグスト・フェルトナー)

…語り手。16歳の見習い印刷工。
第44号ニューシリーズ864962
…印刷工場に現れた不思議な少年。
 超能力の持ち主。
ハインリッヒ・シュタイン
…印刷工場の主人。
 古城を工場兼居住地としている。
シュタイン夫人
…工場主の妻。
マリア・フォーゲル
…シュタイン夫人の連れ子。
マルゲット・レーゲン
…ハインリッヒの姪。
 「わたし」が想いを寄せる。
レーゲン夫人
…マルゲットの母親。
 ハインリッヒの妹。寝たきりの後家。
バルタザール・ホフマン
…シュタイン夫人に雇われた魔法使い。
 古城に住み込んでいる。
エルネスト・ワッサーマン
…17歳の見習い印刷工。ほら吹き。
モーゼス・ハース
…28歳の印刷係。
グスターフ・フィッシャー
…27歳の印刷係。公明正大。
カトリーナ
…60歳のコック兼家政婦。
「小間使い」
…レーゲン母子の小間使い。
 44号によって猫に変えられる。
ドーンギヴァダム
…伝説的な渡り職人(植字工)。
 工場の危機を救う。
エリザベート・フォン・アルニム
…夢の中のマルゲット。
 自らをそう名乗る。
 愛称としてリザベート、
 リズベットとも表記される。
マルティン・フォン・ギースバッハ
…夢の中の「わたし」。
 夢の中のマルゲットが名付ける。
エミール・シュヴァルツ
…「わたし」の「複製」。
※第44号が魔法で創り上げた。
 職人全員の「複製」が存在し、
 同居している。
アードルフ神父
…飲んだくれの悪徳神父。
ヨハン・ブリンカー
…かつて溺れていたアードルフ神父を
 助け出す。自身は重い障害を背負う。

本作品の味わいどころ①
舞台は「中世の古城+先端技術工場」

本作の舞台は1490年、
オーストリアの古城の中に置かれた
「印刷工場」です。
当時、修道院や古城が世俗化され、
民間の工房として払い下げられるのは
珍しいものではなかったにせよ、
古い時代の遺物に
当時の最先端技術である「印刷工場」が
入居するのは、
かなり奇異な組み合わせであり
(調べたわけではないのですが)、
一般的な歴史像とはいえないはずです。

「古城」はどうやらキリスト教支配の
中世の象徴として
描かれているようです。
冒頭部と中間部に登場する
悪徳神父アードルフの逸話には、
人心を支配しようとする
キリスト教の教義への批判が
垣間見られます。
また、物語の中の印刷工たちは、
44号を「悪魔」と呼び、
彼を排除しようとしますが、
彼の起こす奇跡の前では
まったく無力です。
作者トウェインは、中世以来の宗教観が
「人間の恐怖心が生み出した、
ただの不自由なプログラム」であることを
暴いているのです。

その一方で、グーテンベルクが
活版印刷術を発明したのが
1450年代であることを考え合わせると、
「印刷工場」は当時の最先端の
工業技術であったはずです。
トウェインは古い時代の弊害を
打ち破るものとして
この「印刷工場」を設定したのかと
思いましたが、それも違います。

44号は職工たちの
「複製」(ドッペルゲンガー)を
出現させる場面は、
この物語の中でも特に不気味で、
かつ核心ともいえる
暗喩を含んでいるように思えます。
「複製」たちは
本物と寸分違わぬ動きをし、
ときには本物以上に効率よく働きます。
これは
「機械産業が発達した時代においては、
職人など交換可能なパーツに過ぎない」
という皮肉であると考えられるのです。
職工たちが自分の「複製」を見て
恐怖するのは、自分という存在が
「代わりのきく労働力」でしかないことを
直視させられたから、と
読み解くことが可能です。

なお、そこにはトウェインの二つの顔が
隠れているように思えます。
一つは、少年時代に
印刷工の徒弟として働いた
「世界の縮図」としての原体験です。
バラバラの活字を組み合わせて
意味を創造し、
それを大量に複製する行為は、
彼にとって神の「ロゴス(言葉)」による
創世記のパロディだったのでしょう。
もう一つの顔は、ページ自動植字機
(ペイジ・タイプセッター)への投資に
大失敗し、破産した投資家の顔です。
最新鋭の印刷機に夢を託し、
それによって人生を狂わされた
苦い記憶。物語の
閉鎖的で不気味な印刷所の描写には、
富と名声を生むはずだった
「機械」に対するトウェインの
癒えぬ傷跡と愛憎が、毒々しく
影を落としていると考えられます。

本作品の味わいどころ②
「主体」「複製」「魂」、「自分」とは何か

44号が印刷所で引き起こした
混乱の一つが
前述した職工たちの「複製」現出ですが、
それに加えて
「わたし」に姿を消す魔法を
授けたことにより、
語り手「わたし」の「自己」は
三つに解体してしまいます。
一つは「生身の自分」である
アウグスト自身、
一つは「複製」であるエミール、
さらに「透明となった自分」の
マルティンです。
図式化すると
アウグスト=マルティン≠エミールと
なるのです。
ややこしいのですが、
アウグストとエミールは
別個体別意識であるのに対し、
アウグストとマルティンの意識は
同一であり、見えるか見えないかの
違いにすぎません。
しかしマルゲット(=エリザベート)は、
それらをまったく別の存在として
認識しているのです。

「複製」はそのまま
自分の外見の「コピー」です。
また「透明になった自分」は
すなわち「魂」と考えられます。
だとすれば
アウグスト=エミール+マルティンとも
考えられます。
いやはや、本当の「自分」とは
いったいどこにあるのやら。

この「自己」という存在の不確かさこそ、
トウェインによる
問題提起と考えるべきなのでしょう。
それが「すべては夢である」という
終末へとつながっていくのです。

本作品の味わいどころ③
最後の「すべては夢」は絶望か救済か

44号の引き起こした問題は
一切解決されず、
最後の大仕掛けかと思われた
「幽霊の夜」(古城に幽霊が集う)は
陽気なパーティと化し、
筋書きは収束することなく
結末へと向かいます。
その一文が衝撃的です。
「神なんて存在しない。
 何ものも存在しないのだ。
 「きみ」も「考え」にすぎないのだ。
 空虚な永遠のなかで
 ひとり寂しくさまよっているのだ」

愛や絆、あるいは
努力が報われるといった
「救い」に値する要素は、
44号によってすべて
「実体のない夢」として
切り捨てられてしまいます。
読み手は足元が崩れ去るような感覚を
覚えるはずです。
キリスト教という旧世界の価値観が
否定され、
印刷という最新技術もまた
人間性の喪失という観点から
疑問が投げかけられ、
自己の存在すら
不確かなものとして扱われる。
どこにも「救い」がないのです。
あれだけユーモアに溢れた作品を
描いたトウェインは、
なぜこのような原稿を残したのか?

44号の述べたように、
もし人生が「夢」であり、
苦しみも悲しみも
実体のない幻影だとしたら、
私たちはその重荷を
下ろすことができます。
最後に残る
「浮遊する思考」という概念は、
人間が物理的な制約や
神の支配さえも超えて、
自らの想像力の中で
宇宙を再構築できる自由を
指しているとも考えられるのです。
これは死の恐怖に直面していた
トウェインが自分自身に与えた、
唯一の「自由への切符」だったという
解釈も十分成り立ちそうです。
混沌とした終末こそ、
本作品の「救済」としての側面を
表しているのかもしれません。

本作品をトウェインが最後に
たどりついた人生の結論としたとき、
トウェインの人間像は
「少しだけ残酷な教師」のようにも
感じられるとともに、
絶望の底で
「ともに笑ってくれる友人」のようにも
感じられます。
それは読み手の人生経験によって
変わってくる性質の
ものなのかもしれません。
不思議な作品「不思議な少年44号」を、
ぜひご賞味ください。

なお前述のとおり、
角川文庫刊の本作品は、
岩波文庫「不思議な少年」とは
異なる作品です。
その複雑な経緯については
別の機会に記したいと思います。

今日のまとめ

(2026.4.6)

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「不思議な少年」
「石化人間」「私の農業新聞作り」
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