いささかも色褪せていない衝撃と耽美な妖しさ
「蔵の中」（横溝正史）
（「横溝正史ミステリ
短篇コレクション②」）柏書房
「蔵の中」（横溝正史）
（「蔵の中･鬼火」）角川文庫
雑誌編集長･磯貝のもとに
持ち込まれた素人原稿。
読むとそこには
誰も知らないはずの彼の私生活が
まざまざと描かれていた。
書いたのは蕗谷笛二という青年。
その青年は肺を病み、
女性のように美しい
容姿をしているのだという…。
横溝正史の初期の代表的作品です。
数十年ぶりの再読です。
中身はすっかり忘れていましたが、
衝撃を受けたことだけは覚えています。
【主要登場人物】
磯貝三四郎
…雑誌｢象徴｣編集者。どんな
素人原稿にも必ず目を通す主義。
妻を病で失い、現在独身中。
お静
…磯貝と関係のある年増の女性。
真野玉枝
…雑誌｢象徴｣婦人記者。
蕗谷笛二
…編集部に自作原稿を届けた青年。
肺病を患っている。美少年。
蕗谷小雪
…笛二の姉。肺病で亡くなっている。
生まれつきの聾唖。美しい。
千鶴
…笛二が蔵の中で愛玩している人形。
本作品の味わいどころ①
｢入れ子構造｣の特殊性
まず、
作品構造の特殊性に衝撃を受けます。
本作品の中に笛二なる人物の書いた
原稿｢蔵の中｣がそのまま組み込まれる、
いわば｢入れ子構造｣になっています。
しかもその原稿が
終わったかと思い読み進めると、
まだその原稿の中だったという
二重構造になっているのです。
恐ろしい殺人事件が展開するのかと
読み手に冷や汗をかかせておいて、
実は…、という巧みな構成に
驚かざるを得ません。
本作品の味わいどころ②
描かれる倒錯した世界
そして、原稿｢蔵の中｣に描かれている
倒錯した世界も衝撃です。
一つは蔵の中で
美しい姉と二人きりで遊んだ
幼年時代の回想です。
錦絵の弁天小僧に魅せられた姉が、
弟･笛二の腕に彫り物をしようと
針を突き刺す場面の妖しさは
何ともいえません。
もう一つはやはり蔵の中で、
人形･千鶴に対して恋人、
あるいは姉･小雪の現し身として
語り合う場面です。
かなり危ない雰囲気が漂っています。
さらに一つは、亡くなった姉と同様、
肺病を病み、回復の見込みもなく
再び舞い戻った蔵の中での様子。
姉の形見の振り袖を纏い、
化粧をして女性になりきる。
さらに遠眼鏡で他人の生活を
覗き見て心を躍らせる。
アブノーマルな世界が
綴られていきます。
刺青や女装は
谷崎潤一郎の｢刺青｣や｢秘密｣を
彷彿とさせますし、
人形との語り合いは
江戸川乱歩の｢人でなしの恋｣、
遠眼鏡による覗き見は、同じく乱歩の
｢押絵と旅する男｣を連想させます。
それにしても聾唖の美しい姉と
女装趣味の美しい弟。
この姉妹の
怪しいシチュエーションだけでも
この作品は十分に
存在感があるのですが、
二重入れ子構造による
衝撃的な展開がさらに加わるのです。
本作品の味わいどころ③
衝撃的で色彩豊かな結末
そして、結末も衝撃的であり秀逸です。
「千鶴人形や、
オルゴールのついた時計や、
遠眼鏡や、草双紙や、
その他さまざまな
過去の魑魅魍魎に取り囲まれ、
姉の形見の友禅の振り袖を身に纏い、
物の見事に頸動脈を搔き斬って
自殺を遂げていたのである。
その姿自体が
蔵の中一杯に繰り展げられていた、
錦絵の中から抜け出したように
綺麗だった。」
昭和初期の横溝正史の傑作短篇、
平成の現代に読んでも、
その衝撃と耽美な妖しさは
いささかも
色褪せていないことがわかります。
昭和の時代に映像化もなされた本作品、
怖いもの見たさにいかがでしょうか。
〔｢横溝正史ミステリ短篇
コレクション②｣収録作品一覧〕
鬼火
蔵の中
かいやぐら物語
貝殻館綺譚
蠟人
面影双紙
塙侯爵一家
孔雀夫人
鬼火(オリジナル版)
〔｢蔵の中･鬼火｣収録作品一覧〕
鬼火
蔵の中
かいやぐら物語
貝殻館綺譚
蠟人
面影双紙
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（2019.1.13）
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