「真珠郎」(横溝正史)

由利・三津木の事件簿06

読者体感型ミステリーのプロトタイプなのです

「真珠郎」(横溝正史)
(「由利・三津木探偵小説集成1」)
 柏書房

「由利・三津木探偵小説集成1」

「真珠郎」(横溝正史)角川文庫

「真珠郎」角川文庫

大学講師の「私」は
同僚の乙骨に誘われ、
信州を旅する。二人はそこで
資産家の老人・鵜藤と
姪の由美が住む
春興楼という屋敷を紹介され、
滞在することになる。
ある夜、二人は
水に濡れた美少年が
柳の木の下に立っているのを
目撃する…。

この美少年が「真珠郎」です。
歌舞伎役者のようなネーミングですが、
「世にも恐ろしい血の戦慄を描き出した
奇怪な殺人美少年」なのです。
この真珠郎の正体を突き止めるのが
本作品の目玉なのですが、
真相は意外な方向に展開します。
横溝正史
由利麟太郎シリーズの一篇です。

【事件簿06 「真珠郎」】
〔事件捜査〕
志賀
…信州の事件での所轄暑司法主任。
由利麟太郎
…白髪の私立探偵。
 警視庁の元捜査課長。
〔事件関係者〕
「私」(椎名耕助)
…語り手。X大学英文科講師。
 同僚・乙骨とともに訪れた信州で
 事件に巻き込まれる。
乙骨三四郎
…X大学東洋哲学科講師。
 事件に巻き込まれる。
鵜藤
…春興楼主。
 半身不随で数年来寝たきり。
 かつては医師だったが東京を
 追われる。真珠郎に殺害される。
由美
…鵜藤の姪。聡明な美女。
 信州での事件後、乙骨と結婚。
織本
…春興楼の近くに住む便利屋。
瀬川
…信州の事件後に乙骨が東京に構えた
 新居の隣人。弁護士。
真珠郎
…正体不明の美少年殺人鬼。
 犯罪を重ねた男と
 美人だが白痴の山窩の女の間に
 生まれたとされる。
降旗三郎
…真珠郎の父親。妻・光子を持つ。
伊那子
…三郎と光子の間にできた娘。
 真珠郎の異母妹とされる。

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味わいどころ①
閉鎖的な片田舎の陰鬱とした雰囲気

信州といえば「犬神家の一族」です。
架空の田舎町「那須市」で繰り広げられる
連続殺人を描いた「犬神家の一族」は、
横溝の代表作であるとともに、
映画化され、昭和50年代の
横溝ブームの火付け役ともなりました。
この信州という舞台が、
怪しげな老婆、
元娼家としての春興楼の
いわくありげなたたずまい、
因習と伝説等と相俟って、
横溝特有のおどろおどろしい雰囲気を
醸し出しています。

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1937年に完成した本作品では、
信州の「N」という町が
舞台となっていますが、
春興楼の佇むN湖畔は、
後の「犬神家」(1951年)
の「那須湖畔」とおそらくは
同一のものであり、
横溝の脳内にはこのときすでに、
おどろおどろしい殺人現場としての
イメージがしっかりと
形作られていたのでしょう。

味わいどころ②
真珠郎の実像を彩る設定の数々

真珠郎を生み出したのは
鵜藤のおぞましい人体実験でした。
自身を禁治産者へと追い込んだ
世間への復讐のために、
白痴女と殺人者に子を産ませ、
牢座敷に閉じ込めたまま育てた
怪物なのです。
椎名は鵜藤が綴った
「真珠郎日記」なる観察記で
それを知ることになります。

この「造られた化け物」こそ、
横溝初期作品の
大きな特徴となっています。
由利・三津木シリーズでも、
この「真珠郎」のほかに、
「獣人」(半人半獣の化け物)、
「夜光虫」(ゴリラ男)、
ノン・シリーズ作品でも
「三年の命」(生まれてから二十年間、
暗闇で育てられた青年・軽部芳次郎、
ただし化け物ではない)、など、
いくつか見られます。
これらの作品はみな、独特の
オカルト的雰囲気を発しています。

味わいどころ③
猟奇的な首なし死体の謎

二度までの殺人はどちらも
死体に首がありませんでした。
いわゆる「首なし死体」です。
猟奇的殺人に見えるその裏側に、
隠された秘密が存在します。

戦後の横溝の、
この「首なし死体」を扱った作品は、
これでもかというほど読み手の
裏をかく仕掛けを施しているのですが、
戦前のこの作品においては
真っ向勝負のような
創り方をしています。

味わいどころ④
主人公の目前で起きる殺人事件

殺人は中盤まで二度起きます。
それも主人公・椎名の目前で。
一度目は、鵜藤老人が真珠郎に
惨殺されるのを湖上のボートから、
二度目は、乙骨と結ばれた
由美が刺殺されるのを
閉じ込められた一室の鍵穴から、
椎名は目撃するのです。

こうした味わいどころが、
主人公である「私」の目線で捉えられ、
しかも「私」の体験として
描かれているため、
迫力ある臨場感を持って
読み手に迫ってくるのです。
「私」の感じている不安は、
そのまま読み手の恐怖心となって
感じられる構造となっているのです。

加えて本作品は、登場人物の人数が
最小限に絞り込まれてあります。
そしてその誰もが
疑わしい動きをしているため、
椎名は誰を信用すべきか
疑心暗鬼と孤独感に襲われます。
それが読み手の背筋に
冷たいものを走らせます。

そうです。本作品は後の名作
「八つ墓村」「三つ首塔」「夜歩く」にも
見られる、読者体感型ミステリの
プロトタイプなのです。
探偵小説のエッセンスが凝縮された
横溝初期の傑作長編。
横溝は金田一ものだけではありません。
戦前の由利・三津木シリーズも
十分に味わい深いのです。
ぜひご一読を。

〔本作品の復刊について〕
長らく絶版状態でしたが、今年5月
「角川文庫創刊70周年イベント」の
一環として、
嬉しいことに杉本一文装幀表紙カバーで
復刊されました。残念なのは
丸善ジュンク堂限定であること。
横溝作品全巻が杉本カバーで
復刊される日が来ることを
祈っています。

〔「由利・三津木探偵小説集成1」〕
獣人
白蠟変化
石膏美人
蜘蛛と百合
猫と蠟人形
真珠郎
付録①六人社版「真珠郎」序文ほか
付録②名作物語「真珠郎」
編者解説(日下三蔵)

(2019.1.13)

〔追記〕
こちらもご覧下さい。

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

ぜひチャンネル登録お願いいたします。

(2023.3.7)

〔横溝ミステリはいかが〕

おどろおどろしい世界への入り口
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