「緋色の研究」(ドイル)

「探偵像」と「深い因縁」、一冊で二度おいしい構成

「緋色の研究」(ドイル/日暮雅通訳)
 光文社文庫

「緋色の研究」光文社文庫

ホームズがワトスンとともに
向かった殺人現場。
男は外傷もなく
死体となっていた。
残されていたのは壁に書かれた
「復讐」の血文字と女の指輪。
手がかりの乏しい中、
ホームズはそれが
毒殺であることを見抜き、
捜査を始めるが…。

コナン・ドイルによる
シャーロック・ホームズ・シリーズの
最初の作品である「緋色の研究」。
やはり面白いです。
ホームズ・シリーズは
短篇も素敵なのですが、
長篇こそ味わい深いと
改めて感じさせてくれます。

【主要登場人物】
シャーロック・ホームズ
…探偵コンサルタント。
 ワトスンと共同生活することになる。
ジョン・H・ワトスン
…語り手。医師(元軍医)。
 ホームズと同居し、
 彼の仕事に同行する。
イーノック・J・ドレッバー
…ブリクストン通りの空き家で
 変死体として発見される。
ジョゼフ・スタンガソン
…ドレッバーと行動を共にする男。
 ホテルで刺殺される。
レストレード警部
…ロンドン警視庁警部。
 小柄で顔色が悪い。
トバイアス・グレグソン警部
…ロンドン警視庁警部。
 色白で背が高い。
ジョン・ランス
…ドレッバーの遺体を発見した巡査。
アーサー・シャルパンティエ
…ドレッバー殺害容疑で
 グレグソンが逮捕した男。
シャルパンティエ夫人
…アーサーの母親。
 ドレッバー・スタンガソンの
 下宿の家主。
アリス・シャルパンティエ
…アーサーの妹。下宿していた
 ドレッバーに言い寄られる。
スタンフォード
…ワトソンと知り合い。
 ホームズとワトソンを引き合わせる。

本作品の味わいどころ①
ホームズの探偵像の魅力

何といってもホームズの魅力が
第一作から全開です。
初見でその人物の職業や経歴を
見抜くという観察眼です。
初対面のワトスンに対して
「アフガニスタンに
行っていましたね?」と切り出し、
手紙を届けに来た便利屋の前身を
「海兵隊の退役兵曹」と分析する、
おなじみの観察眼が、
第一作からすでに登場しているのです。
さらには殺人現場を数分観察しただけで
「身長六フィート以上の男盛り。
長身のわりに足が小さく、
先の角ばった靴を履いて
トリチノポリ葉巻を吸っている。
赤ら顔で、
右手の爪がひどく伸びている」と
凄まじいまでのプロファイリングを
披露するのです。

現実的には無理に決まっています。
読み手の誰しも
それは分かっていながら、
そうしたホームズの探偵像に
惹かれてしまうのです。
この独特の探偵像こそ、
ホームズが広く受け入れられた
理由でしょう。
デュパンもルコックも、
そして明智小五郎も金田一耕助も
個性的です。
かつて、ミステリは魅力ある探偵の
個性で読者を引きつけていたのです。

第一部終盤の
犯人逮捕も実に鮮やかです。
敵のアジトに乗り込むのでもなく、
一堂に会した関係者の中から
名指しするのでもなく、
真犯人を自室へ呼び招き、
二人の警察幹部にお披露目しながら
拘束するという、こちらも
他に例を見ない独特の逮捕劇です。

本作品の味わいどころ②
殺人の裏にある深い因縁

ミステリで起こる殺人事件には、
理由が必要です。
「通り魔の殺人」など、
小説として成立しないでしょう。
ミステリは、
犯人が殺人に至った動機が
納得できるものであるかどうかが
勝負なのです。

その点、本作品の動機は
20年にもおよぶ怨恨であり、
その動機となる物語は
読み応え十分です。
アメリカの開拓の歴史、
約束の地への
モルモン教信者の大移動など、
史実を背景として創作を織り込み、
筋書きに深い奥行きを与えることに
成功しています。

本作品の味わいどころ③
一冊で二度おいしい構成

その「探偵像」と「深い因縁」を、
ドイルは二部構成で
じっくり描き分けています。
第一部「ジョン・H・ワトスン博士の
回想録」では、
ワトスンから見た
ホームズの超人的活躍ぶりが、
第二部「聖徒たちの国」では、
殺人者の怨恨の原因となる物語が、
説得力ある筆致で描かれていくのです。
第一部でホームズの魅力と逮捕劇を
存分に味わったあと、
第二部でその裏にある秘密を堪能する。
一冊で二度おいしい
構成となっているのです。

これを一つにまとめてしまえば、
犯人の回想部分が長くなりすぎて
筋書きが冗長になる危険性があります。
この構成もまた、
独特の味わいに繋がっているのです
(ただし、中学生の時に
本作品を初読した私は
この構成についていけず、
そのためホームズ嫌いとなり、
ひいては海外ミステリに
疎遠となってしまいました)。

若い人たちからすれば、
ホームズなど「古典」の部類で、
今さら読もうなどと
思わないかも知れません。
しかし「古典」も面白いのです。
いや「古典」こそ面白いのです。
未読の方、
騙されたと思ってご一読を。

〔翻訳について〕
「古典」である分、
翻訳本もいくつかあります。
今回取り上げた日暮訳は、
現代的であり、
読みやすい訳文となっています。

同じく21世紀に入ってからの新訳では
駒月雅子訳(角川文庫)、
深町眞理子訳(創元推理文庫)が
あります。

その一方で、古めかしい文体ながら、
根強い人気を誇っているのが
新潮文庫の延原兼訳でしょう。

海外作品は、
訳文によって味わいが異なります。
私は店頭で比べて日暮訳がもっとも
自分に合っていると感じました。

(2023.2.17)

Gerd AltmannによるPixabayからの画像

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