「八つ墓村」(横溝正史)

いささかも魅力の衰えない、横溝正史の最高傑作

「八つ墓村」(横溝正史)角川文庫

辰弥は自分が
八つ墓村で生まれたことを知る。
音信不通だった父親の実家が、
相続者として
彼を探してきたのだ。
その村は八人の落武者たちが
欲に目のくらんだ村人たちに
惨殺された
忌まわしい過去を持っていた。
そして辰弥の父も…。

「本陣殺人事件」「獄門島」
「犬神家の一族」と並ぶ
横溝正史の最大傑作、
金田一耕助シリーズの一作「八つ墓村」。
「祟りじゃあ」が流行語となった
1977年の松竹映画をはじめ、
映画化3回、
TVドラマ化が7回(直近では
2019年・NHK・吉岡秀隆主演)という、
未だに人気の衰えない作品です。
それもうなずけます。全篇、
味わいどころだらけなのですから。

【事件簿File-012「八つ墓村」】
〔依頼人〕
野村荘吉
…八つ墓村の分限者。
 訳あって金田一に調査を依頼、
 金田一の八つ墓村滞在中に
 一連の事件が起こる。
〔捜査関係者〕
磯川警部…岡山県警警部。
〔事件関係者〕
「私」(寺田辰弥)
…本編の語り手。自分が多治見家の
 跡取りであることを知らされ、
 八つ墓村におもむく。当時二十七歳。
田治見要蔵
…「私」の父親。
 二十六年前に殺人事件を起こし、
 行方不明となっている。
田治見久弥
…「私」の兄。要蔵の長男。
 「私」とあった直後に不審死。
 第二の犠牲者。
田治見春代
…「私」の姉。要蔵の長女。
田治見小竹
…要蔵の伯母。小梅とは一卵性双生児。
田治見小梅
…要蔵の伯母。鍾乳洞内で殺害される。
寺田虎造
…「私」の養父。故人。
寺田鶴子
…「私」の実母。故人。要蔵に監禁され、
 無理矢理妾にされる。
 「私」を身ごもり、出奔、
 虎造の妻となる。
亀井陽一郎
…鶴子と婚約していた男性。行方不明。
井川丑松
…「私」の母方の祖父。
 諏訪弁護士を通じて
 「私」を探していた。
 「私」とあった直後に毒殺される。
 第一の犠牲者。
里村慎太郎
…「私」の従兄。要蔵の弟・修二の長男。
 元軍人。一文無しで故郷に帰還。
里村典子
…慎太郎の妹。十九歳。
 「私」を愛するようになる。
森美也子
…八つ墓村在住の才気煥発な女性。
 丑松亡き後、
 「私」を八つ墓村へ迎え入れる。
 夫・達雄に先立たれている。
 達雄は慎太郎の弟。
新居修平
…村の医師。疎開し、定着。
 丑松の主治医。
久野恒美
…村の医師。久弥の主治医。
 田治見家とは親戚の間柄。
濃茶の尼(妙連)…村の尼。
梅幸…村の尼。
長英…麻呂尾寺の住職。
英泉…麻呂尾寺の僧侶。
洪禅
…蓮光寺の住職。
 久弥の初七日の席で毒殺される。
お島…多治見家の使用人。
片岡吉蔵
…鍾乳洞に身を隠した「私」を
 殺害しようとした二人。
諏訪弁護士
…田治見家から依頼を受け、「私」を
 探し出した弁護士。八つ墓村出身。
〔事件の背景・過去の事件〕
⑴永禄年間
・尼子家の八名、村に落ちのびる。
・落ち武者八名を村人がだまし討ち。
・落人襲撃の首謀者・田治見庄左衛門、
 発狂し、村人七人を惨殺、自死。
⑵大正年間
・田治見要蔵、鶴子を誘拐・監禁・陵辱。
・鶴子、やむなく要蔵の妾となる。
・鶴子、懐妊、出産。辰弥と命名。
・鶴子、出奔。
・要蔵、発狂の末、村人三十二名を虐殺。
⑶「八つ墓村連続殺人事件」(昭和23年)
・5月25日:辰弥、諏訪弁護士と面会。
①6月10日:
 辰弥、丑松と対面。丑松急死(毒殺)。
・6月20日:辰弥、美也子を紹介される。
・6月25日:辰弥、八つ墓村へ。
②6月26日:
 辰弥、久弥と対面。久弥変死(毒殺)。
③7月2日:
 久弥の初七日の席で洪禅変死(毒殺)。
・同日深夜:秘密の抜け穴を出入りする
 小梅小竹を辰弥目撃。
④7月3日:辰弥・美也子、
 梅幸の死体発見。殺害は前夜。
・同日深夜:辰弥、秘密の抜け穴探索。
 洞窟内で典子と出会う。
 辰弥、その後、慎太郎の姿を目撃。
⑤7月4日:
 濃茶の尼の死体発見。殺害は前夜。
・久野医師、家出、行方不明。
・同日夜:辰弥、再び鍾乳洞探索。
 典子・春代と合流。
 父・要蔵の亡骸発見。
・7月14日深夜:
 辰弥、再度探索、黄金三枚発見。
⑥7月15日夜:
 鍾乳洞にて小梅、襲撃される。
・小竹の訴えを聞き、辰弥、鍾乳洞へ。
 典子・春代も合流。
・辰弥・春代・典子、
 鍾乳洞内で英泉を目撃。
・7月16日:警察、鍾乳洞内を探索。
 小梅の死体発見。
・同日:青年団、鍾乳洞内を探索。
 17日18日も続行。
⑦7月19日:金田一・磯川、
 辰弥とともに鍾乳洞探索。
 久野医師の死体発見。
・7月下旬:
 村人、田治見家を襲撃、
 辰弥、鍾乳洞へ避難。典子と合流。
⑧同日:鍾乳洞へ入った春代、
 何者かに殺害される。
 春代は犯人の小指を噛む。
・二日後、再び典子、辰弥と合流。
 以後、典子、監視をかいくぐり、
 辰弥と合流。
・翌日、辰弥・典子、洞窟探索。
・翌日、吉蔵・周、辰弥・典子を発見、
 追跡。
・洞窟内落盤により吉蔵・周、事故死。
 辰弥・典子、黄金発見。
・四日後、辰弥・典子、救出される。
・犯人病死。事件解決。

本作品の味わいどころ①
落武者伝説を用いたプロット

本作品、冒頭に置かれた「発端」で、
「八つ墓村連続殺人事件」の
記録を入手した語り手「私」による
事件背景の説明がなされ、
第一章以降、終末の「大団円」まで、
事件当事者「私」(=寺田辰弥)による
手記という形をとっています。
その「発端」からして
おどろおどろしさ満載です。
戦国時代の落ち武者伝説を
巧みに創り上げているのです。
尼子義久の八人の落武者が
財宝とともに村に落ちのびた。
彼らをかくまっていた村人たちは、
欲に目がくらみ、八人を殺害した。
その祟りか、
首謀者を含む八人が後日変死した。
なんとも巧妙です。
いかにも史実として
存在していたかのようなリアルさが
そこにはあります。
その「八つ墓村」伝説を
擬えたかのようにして
連続殺人事件が起きるのです。
背景が背景だけに、
おどろおどろしさは抜群です。
この、落ち武者伝説を用いた
おどろおどろしい事件の背景こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。

本作品の味わいどころ②
実際の事件を織り込んだ設定

「落ち武者伝説」に加え、
さらに二十六年前にも
かつての落武者殺しの首謀者の末裔
(「私」の父親・田治見要蔵)が、
狂乱の末、村人三十二名を無差別に
殺害したという設定が加わります。
伝説を補強するとともに、
本作品をさらに
おどろおどろしいものにしています。
これは実は昭和十三年に
岡山県で実際に起こった津山事件
(死者三十名)をモデルにしたものです。
「詰襟の洋服を着て、
脚に脚絆をまき草鞋をはいて、
白鉢巻きをしていた」、
「鉢巻きには点けっぱなしにした
棒形の懐中電灯二本、
角のように結びつけ」、
「胸にはこれまた点けっぱなしにした
ナショナル懐中電灯」、
「兵児帯には、日本刀をぶちこみ」、
「片手に猟銃」という
一連の田治見要蔵のいでたちは、
まさにこの「津山事件」の犯人・
都井睦雄の姿を
そのまま移植したものなのです。
この、実在の無差別殺人を下敷きにした
巧妙な設定こそ、
本作品の第二の味わいどころなのです。

本作品の味わいどころ③
怪しさを持った登場人物たち

例によって、登場人物は
怪しさを抱えた人間ばかりです。
辰弥が八つ墓村について早々、
「八つ墓明神はお怒りじゃ」と
罵声を浴びせた濃茶の尼。
辰弥とはじめて対面して
謎の笑みを浮かべた兄・久弥。
久弥の薬を調合していた医師・久野。
辰弥の秘密を知っているような
そぶりを見せる梅幸尼。
洪禅が死んだ際、
「こいつが毒を盛ったのだ」と
辰弥を糾弾した英泉。
抹茶に睡眠薬を混入させて
辰弥に飲ませる小梅小竹。
深夜に謎の行動をとり、
恐ろしい形相をしていた慎太郎。
常に辰弥の前に現れる典子。
終盤、掌を返したように
冷たい仕打ちをする美也子。
怪しさを感じさせないのは
姉・春代と新居医師ぐらいなものです。
もちろん周囲の村人たちは、
新参者の辰弥に対して
敵意むき出しなのです。
誰が味方で誰が敵か、
まったくわからない登場人物たち。
読み始めと最終場面では、
百八十度印象が変転する人物たちです。
この、横溝得意の
全員が怪しい人物設定こそ、
本作品の第三の味わいどころなのです。

本作品の味わいどころ④
犯行の十分な動機とその隠蔽

複数の人間を殺害すれば、
その動機から自ずと真犯人が
割り出せてしまいます。
しかも八人もの人間を殺害するとなると
犯人がよほど念入りに
動機を見えにくくし、
かつ自分が絶対に疑われないような
設定が必要なのです。
さて、その動機は?
読み終えると、
その動機に納得させられるのですが、
それは最後の最後まで
読み手にはわからないように
仕組まれているのです。
しかもその動機のカムフラージュも
見事です。
双子の老木
「お梅様の杉」「お竹様の杉」の片割れが
落雷によって焼き倒されたことを
皮切りに、
村で対になっている存在の一方が
殺害されるという設定が
用意されているのです。
博労である井川丑松と片岡吉蔵、
分限者の田治見久弥と野村荘吉、
村の坊主の長英と洪禅、
村の尼の妙蓮と梅幸、
その一方が殺され、
動機が巧妙に隠されるとともに、
濃茶の尼に「落ち武者伝説」によって
八人の犠牲者が出ることを語らせ、
あと四人、犠牲者が出ることを
読み手に予感させているのです。
読み手のミスリードを誘う、
あざといまでの筋書きです。
この、連続殺人の動機と
その巧妙な隠蔽こそ、本作品の
第四の味わいどころとなるのです。

本作品の味わいどころ⑤
語り手の目線で語られる恐怖

前述したように、本編部分は
事件当事者である「私」が語り手です。
つまり辰弥の目線で語られる
サスペンスなのです。
辰弥のまわりで
殺人事件が起こることから、
登場人物の多くが
辰弥に疑いの目を向けるのです。
それによって、
殺人事件が引き起こす恐怖以上に、
自らが犯人として疑われる恐怖、
村人たちに追い詰められる恐怖が、
我が身のことのように読み手に
感じられる仕組みとなっているのです。
横溝の金田一シリーズにおいて
一人称で書かれた作品は、
「蝙蝠と蛞蝓」「夜歩く」「三つ首塔」など、
決して多くはありません。
語り手が最も強い嫌疑を受け、
かつ周囲から白眼視され、
さらに終盤において
村人たちから命まで狙われるという
設定は、本作品だけなのです。
加えて度重なる鍾乳洞探検、
財宝探しなどの冒険も、
読み手に最高の興奮をもたらします。
全篇、スリルとサスペンスの
実況中継となっているのです。
この、語り手目線で語られる
恐怖と冒険こそ、本作品の
第五の味わいどころとなるのです。

本作品の味わいどころ⑥
殺人との最短距離にいる「私」

その語り手・辰弥は、
常に殺人事件の最短距離にいるため、
恐怖は幾層倍するのです。
第一の犠牲者・祖父・丑松は、面会時、
二人きりになった直後に喀血して落命。
第二の犠牲者・兄・久弥は、
初対面の直後に絶命。
第三の犠牲者・洪禅もまた、
辰弥が運んだ膳を食しての毒死。
あたかも辰弥が来村したために
殺人事件が起きたかのような
衝撃なのです。
第四の犠牲者・梅幸尼は、
美也子とともに訪問した辰弥が発見、
第五の犠牲者・濃茶の尼殺害時も
殺害された時間帯、
辰弥はすぐ近くにいた上、
アリバイの立証が困難、
春代が襲撃され絶命した際も、
辰弥がその亡骸を抱きかかえている姿が
目撃されているのです。
久野・小梅以外の事件の
すべてにおいて、関係者の中で
辰弥が最も近くに存在しているのです。
この、事件の最短距離にいる恐怖を、
語り手「私」と共有することこそ、
本作品の第六の
味わいどころとなるのです。

本作品の味わいどころ⑦
陰惨な事件と並行する恋物語

そのような、おどろおどろしさと恐怖で
満ちた筋書きなのですが、
横溝はそこに
ラブ・ストーリーを挿入しています。
辰弥の対象を見る目の変化が絶妙です。
初対面では、
「ひとめその顔を見たときから、
醜い女だときめてしまった」。
二度目に話しかけられたときには、
「苦笑がわきあがった。
もっとわかわかしい、
女らしい魅力のある娘だったら」などと
散々な見方をしているのですが、
それが徐々に変わっていくのです。
鍾乳洞で出くわした後には、
「素朴で可憐であった」。
その後は、
「いじらしさに
胸がしめつけられるような感じ」、
「不思議なことには
急に美しく見えてきた」。
そして最後に二人は結ばれ、
「羞らいをおびて上気した頬が
かわいかった」となるのです。
そこにもう一つの恋愛感情を交えて、
横溝は見事なまでの
恋愛物語を完成させているのです。
しかもその設定が、
母子二代にわたるロマンスに
結び付いているのですから
見事としかいいようがありません。
終末の一節、
「繰り返す細胞の歴史は執拗である」が、
何ともいえない味わいを
生みだしているのです。
この、陰惨な事件と
同時進行で描かれる恋愛物語こそ、
本作品の第七の
味わいどころとなっているのです。

INDEX 金田一耕助の事件簿

本作品の味わいどころ⑧
黒子に徹しての金田一の推理

さて、本来の主役の金田一ですが、
比較的早く登場した(事件とは別に
依頼があって来村していた)わりには、
目立ちません
(辰弥の語りですから当然ですが)。
今回の金田一、
そこにいながら八人もの連続殺人を
許してしまったことは、
探偵失格との
そしりを受ける可能性もあるのですが、
それほど犯人(いや作者か)が巧妙であり
証拠を残さずに
犯行を続けたからなのです。
名探偵の権威を失墜させずに
連続殺人事件を成立させる。
この二律背反ともいえる条件を
クリアするためには、
かなり緻密に練られた設定と筋書きを
編み出す必要があるのです。
だからこそ、本作品は
探偵小説の最高傑作といえるのです。
この、黒子に徹しながら
名推理を披露する金田一の姿こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

三十数年ぶりの再読でしたが、
横溝の作品世界に
引きずり込まれるかのように、
一気に読み通してしまいました。
五十年前に発表された作品であり、
かつ作品の舞台が昭和二十年代の
閉鎖的な山村であるという
設定にも拘わらず、本作品の魅力は
いささかも衰えていません。
横溝正史の最高傑作、
ぜひご賞味ください。

(2020.7.19)

〔娘のつくった動画もよろしく〕
こちらもどうぞ!

墓村幽の味わえ!横溝正史ミステリー

ぜひチャンネル登録をお願いいたします!

(2026.1.7)

〔本書のヴァージョン違いについて〕
本作品も私は
都合3冊所有しています。
2012年に復刊された
杉本一文装幀表紙版、
同じ装幀の昭和の時代のもの
(これらは背表紙のデザインが異なる)。
そしてそれ以前の
表紙のものとがあります。
現在は漢字一文字デザインの
つまらない表紙となっていますが、
なぜ杉本一文画伯の表紙を
角川文庫は避けるのか?
ミステリー級の謎です。

〔関連記事:金田一耕助の事件簿〕

「本陣殺人事件」
「悪魔が来りて笛を吹く」
「悪霊島」

〔角川文庫の横溝ミステリ〕

おどろおどろしい世界への入り口
Artie_NavarreによるPixabayからの画像

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「青蛇の帯皮」
「黄金仮面(少年探偵)」
「人形はなぜ殺される」

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