「蔵の中」(横溝正史)

描かれている倒錯した世界が衝撃的

「蔵の中」(横溝正史)
(「蔵の中・鬼火」)角川文庫

「蔵の中」(横溝正史)
(「横溝正史ミステリ
  短篇コレクション②」)柏書房

雑誌編集長・磯貝のもとに
持ち込まれた素人原稿。
「蔵の中」と題されたそれには、
ある姉弟の妖しげな生活に続き、
覗き見られていた彼の日常が
記されていた。
著者の青年・蕗谷笛二は、
肺を病み、
女性のように美しい姿を
しているという…。

横溝正史の初期の代表的作品です。
前半の絵双紙のような耽美な世界、
そして後半部の
おどろおどろしい殺人へと、
不思議な味わいの変化を見せる
作品です。

〔主要登場人物〕
磯貝三四郎

…雑誌「象徴」編集者。
 どんな素人原稿にも
 必ず目を通す主義。
 妻を病で失い、現在独身中。
お静
…磯貝と関係のある年増の女性。
真野玉枝
…雑誌「象徴」婦人記者。
蕗谷笛二
…編集部に自作原稿を届けた青年。
 肺病を患っている。美少年。
蕗谷小雪
…笛二の姉。肺病で亡くなっている。
 生まれつきの聾唖。美しい。
千鶴
…笛二が蔵の中で愛玩している人形。

本作品の味わいどころ①
描かれる倒錯した世界

磯貝が受け取った原稿
「蔵の中」に描かれている
倒錯した世界が衝撃的です。
概ね、次の四つです。
(一)姉弟二人が蔵の中で過ごす
(二)人形・千鶴と語り合う
(三)女装を楽しむ
(四)遠眼鏡で他人の生活を覗き見る
(一)では、特に怪しい遊びを
しているわけではありません。
しかし漂う雰囲気が「妖しい」のです。
錦絵の弁天小僧に魅せられた小雪が、
笛二の腕に彫り物をしようと
針を突き刺す場面の妖しさは
何ともいえません。
(二)に至っては妖しすぎます。
蔵の中で、
亡くなった姉・小雪の現し身として
人形・千鶴と語り合うのは、
かなり危険な雰囲気が漂っています。
(一)(二)が幼年時代の
回想であるのに対し(三)は、
亡くなった姉と同様、肺病を病み、
回復の見込みもなく再び舞い戻った
蔵の中での様子が描かれています。
姉の形見の振り袖を纏い、
化粧をして女性になりきる。
その様子が妖艶なまでに
綴られていくのです。
そして(四)。
遠眼鏡で他人の生活を覗き見て
心を躍らせる。
アブノーマルな世界としか
言い様がありません。
この、蔵の中を舞台にして描かれる、
謎の青年・蕗谷笛二の
倒錯した世界こそ、
本作品の第一の味わいどころなのです。
しっかりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ②
サスペンス溢れる展開

その(四)から、
後半部の筋書きが展開していくのです。
蕗谷青年が覗き見ていたものは、
なんと磯貝編集長の私生活。
原稿を読んでいたら、
自分の私生活が暴かれていた。
「蔵の中」の読み手である
磯貝の驚愕ぶりは
想像にあまりあります。
しかも単なる私生活ではありません。
書かれてあるのは
彼が犯した二つの殺人事件なのです。
蕗谷と磯貝がついに接触、
原稿どおりに進行する
殺人生中継ともいえる描写が、
読み手の背筋を冷たくさせます。
この、原稿「蔵の中」から紡ぎ出される
殺人事件こそ、横溝の真骨頂であり、
本作品の第二の
味わいどころとなるのです。
じっくりと味わいましょう。

本作品の味わいどころ③
「入れ子構造」の特殊性

で、そこからは
ぜひ読んで確かめてください、としか
言い様がありません。
作品構造の特殊性に
衝撃を受けるはずです。
恐ろしい殺人事件が展開するのかと
読み手に冷や汗をかかせておいて、
実は…、という巧みな構成に
驚かざるを得ません。
一言で言えば「入れ子構造」です。
しかし
単純な「入れ子構造」ではありません。
読み手の裏の裏をかくような仕掛けが
施されているのです。
この、「入れ子構造」の特殊性こそ、
本作品の最大の
味わいどころとなっているのです。
たっぷりと味わいましょう。

結末も衝撃的であり秀逸です。
「千鶴人形や、
 オルゴールのついた時計や、
 遠眼鏡や、草双紙や、
 その他さまざまな
 過去の魑魅魍魎に取り囲まれ、
 姉の形見の友禅の振り袖を身に纏い、
 物の見事に頸動脈を搔き斬って
 自殺を遂げていたのである。
 その姿自体が
 蔵の中一杯に繰り展げられていた、
 錦絵の中から抜け出したように
 綺麗だった」

昭和初期の横溝正史の傑作短篇、
平成の現代に読んでも、
その衝撃と耽美な妖しさは
いささかも色褪せていないことが
わかります。

昭和の時代に映像化もなされた本作品、
怖いもの見たさにいかがでしょうか。

(2019.1.13)

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(2025.8.14)

〔本作品の背景について〕
味わいどころ①の四つの場面は、
他の作家たちの作品の影響が
感じられます。
(一)の入れ墨の場面は
谷崎潤一郎「刺青」を彷彿とさせます。
(二)の人形と語り合う場面はもちろん
江戸川乱歩「人でなしの恋」
意識したものでしょう。
(三)の女装については
やはり谷崎の「秘密」を連想させます。
そして遠眼鏡による覗き見の(四)は、
乱歩の「押絵と旅する男」
似たシチュエーションです。
しかしながら、
本作品の根底に存在するのは、
宇野浩二の作品
「蔵の中」の濃厚な影響なのです。
宇野版「蔵の中」は
「怪し」げな要素を
持ってはいるのですが、同時に
宇野独特のユーモアを含んだ作品です。
その影響を受けて、
まずは乱歩が「妖しい」素材を盛り込み
「人でなしの恋」を書き上げ、
続いて横溝が
別の「妖しさ」を付け加えて
本作品「蔵の中」を完成させたのです。
三作品を読み比べることによって、
さらに味わいが深まります。

※宇野浩二「蔵の中」収録本

※江戸川乱歩「人でなしの恋」収録本

〔「蔵の中・鬼火」角川文庫〕
鬼火
蔵の中
かいやぐら物語
貝殻館綺譚
蠟人
面影双紙

〔「横溝正史
  ミステリ短篇コレクション②」〕

鬼火
蔵の中
かいやぐら物語
貝殻館綺譚
蠟人
面影双紙
塙侯爵一家
孔雀夫人
鬼火(オリジナル版)

〔そのほかの「蔵の中」収録本〕

〔関連記事:横溝ミステリ〕

「いたずらな恋」
「かめれおん」
「身替わり花婿」

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