「家常茶飯」(佐藤春夫)

エッセイ?ミステリ?ユーモア?いや、…

「家常茶飯」(佐藤春夫)
(「夢を築く人々」)ちくま文庫
(「新青年傑作選集1」)角川文庫

朝田が「僕」を訪ねてきた。
翻訳の仕事に使っていた原本が
紛失して困っているのだという。
本屋の主人に渡したが、帰る際、
あがりかまちへ置いたまま
忘れたのだという。
本は家の中にあるはず。
「僕」は探偵として
茶本を紹介する…。

佐藤春夫の作品は、わからないものが
多いという印象があります。
書いてある内容が
わからないのではなく、
作品のカテゴリが判断できず、
その本質を正しくつかめないことが
多いのです。
本作品もそうした一作です。
「私小説風」のようであり、
「ミステリ」としても読め、
「ユーモア」であるとともに、
「幻想小説」としても味わえる、
まさにつかみどころのない
作品なのです。

〔主要登場人物〕
「僕」
…語り手。
朝田
…翻訳を生業としている男。
 原本「理想的マッチ」を紛失する。
茶本
…「僕」の友人。頭の切れる男。
 朝田の件の探偵をする。

本作品の味わいどころ①
「日常生活」を転化させた「ミステリ」

何気なく読み始めると、
佐藤自身の日常を綴った
「私小説」や「エッセイ」のように
感じられます。
ところが本作品は、
ミステリのアンソロジーに
収録されることがある作品です
(角川文庫刊「新青年傑作選集1」収録)。
ミステリといっても、
殺人や盗難は起きません。
日常生活の謎を解決するような
内容なのです。
佐藤はあたかも自分自身の
生活そのものを
「探偵小説の舞台」として
再構築したかのようです。
「日常に潜む盲点」を暴き出す
プロセスは、犯人探し以上に
ミステリ的な快感を読み手に与えます。
物理的なトリックではなく、
人間の心理の綾や、
日常にふと生じる「裂け目」を
謎とする手法は、
当時の文学的ミステリの
最先端を走っていたはずです。

当時の文壇では「私小説」が主流であり、
ミステリは「通俗的な作り事」として、
一段低く見なされていたようです。
その中にあって、
佐藤が自らの日常生活(私小説的舞台)を
使いながら、そこに
ミステリの技法を持ち込んだことは、
「芸術性の高い探偵小説が
可能であること」を証明したとも
考えられます。
結果として、文学としての
ミステリの地位を押し上げる
役割を果たしたはずです。

本作品の味わいどころ②
「ミステリ」に見せかけた「ユーモア」

しかしながら
「ミステリ」にしてはどこかが変です。
日常生活が
舞台であることばかりではなく、
何か違和感を感じるのです。
探偵役の茶本は、ホームズばりの
プロファイリングを見せるのですが、
その対象が
男色家であることを見抜くなど、
「おかしみ」が前面に
押し出されているのです。
また、茶本の
これまでの探偵の成果として、
破いたはがきの復元の効率的方法が
描かれてあるのですが、
合理的ではあるものの
その作業に半日もかかっていたなら、
それは誰でもできるのではないかという
疑念を生じさせます。

おそらく「ミステリ」に見せかけた、
佐藤独特のユーモアなのでしょう。
本当はユーモア小説として
書き上げたかったのではないかとも
思えるのです。
作中にある
「全く、人間はもっと
 間が抜けたほうがいいね」

という一節が、それを
示しているように思えてなりません。

本作品の味わいどころ③
「ユーモア」に擬態させた「幻想小説」

ユーモア小説だとしても、
やはりどこかに違和感が漂います。
「私小説的舞台」に飛び込んだつもりが、
気づいたら「異世界」にいたような
錯覚を覚えるのです。
ちょうど佐藤の代表作
「西班牙犬の家」に似た感覚です。

恐らく佐藤は意図的に
「現実」(私生活)と
「虚構」(フィクション)を、
シームレスで融け合わせたのでしょう。
「これは事実なのか小説なのか」という
読み手の戸惑いを
あらかじめ計算に入れて
創り上げたかのようです。
だからこそ読み手は、
日常の断片の中に潜む
「奇妙な違和感」や「謎」に
引き込まれていくのでしょう。

日常のありふれた出来事を意味する
表題「家常茶飯」も、もちろん詐欺です。
現実世界という認識でいる
読み手の上った梯子を、
不意に外すような
罠の役目を果たしているのです。
いやでも読み手は、
作者・佐藤との知的な化かし合いに
引きずり込まれていくのです。
「ミステリ」や「ユーモア」に擬態させた
「幻想小説」。それこそが
本作品の本質であるとともに、
最大の味わいどころであるはずです。

単なる「私小説」や「エッセイ」でもなく、
単なる嘘(ミステリ)でもなく、
自分の日常を冷徹かつ
ユーモアのある目で見つめ直し、
それを極上のエンターテインメントに
昇華させた、
佐藤春夫にしか書けない
「スタイリッシュな奇譚」となっている
本作品、ぜひご賞味ください。

今日のまとめ

(2018.1.20)

〔「夢を築く人々」ちくま文庫〕
西班牙犬の家
指紋
月かげ
陳述
オカアサン
アダム・ルックスが遺書
家常茶飯
痛ましい発見
時計のいたずら
黄昏の殺人
奇談
化物屋敷
山妖海異
のんしゃらん記録
小草の夢
マンディ・バナス
女人焚死
或るフェミニストの話
女誡扇綺譚
美しき町
探偵小説小論
探偵小説と芸術味

〔「新青年傑作選集1」角川文庫〕
永遠の女囚 木々高太郎
家常茶飯 佐藤春夫
変化する陳述 石浜金作
月世界の女 高木彬光
彼が殺したか 浜尾四郎
印度林檎 角田喜久雄
蔵の中 横溝正史
烙印 大下宇陀児

〔関連記事:佐藤春夫の作品〕
「美しい町」
「霧社」
「旅びと」
「蝗の大旅行」
「他界へのハガキ」
「帰去来」

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「伝説」
「野菊の墓」
「ダークあやつり人形印象記」

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