「亮太」(江國香織)

亡霊からも見捨てられたまさはる

「亮太」(江國香織)
(「それはまだヒミツ」今江祥智編)
 新潮文庫

まさはるは夏が嫌い。
暑いのが嫌い。
夏の食べ物もも嫌い。
何よりプールが嫌い。
泳げないから。
今日も嫌々ながら通った
プールで、まさはるは
泳ぎの上手な亮太と出会う。
亮太は、
「八年前に、死んだんだよ」と
打ち明ける…。

児童向けホラー短篇です。
といっても、極端に
おどろおどろしい場面はありません。
プールの壁の隠し扉の
向こうにある「ほら穴」は、
食べなくてもいい、
うるさい母親はいない、宿題はない。
その生活に、
まさはるは心を惹かれます。
さらに亮太から
泳げるようにしてもらい、
泳ぎは一気に上達、食欲も増し、
夏を快適に
乗り切れるようになるのです。

そこからが問題です。
ある朝目覚めると、
まさはるのおなか一面に
コケが生えていて…。
まさはるの体はすこしずつ
亮太のものとなり、
まさはるは亮太のかわりに
「ほら穴」に住まなければ
ならなくなるのです。

亡霊に取り憑かれ、
やがて肉体を奪われる…、と書くと、
かなりホラー度が高いのですが、
全く緊迫感が感じられません。
なぜならまさはる自身が諦めきって、
事態を受け入れているからです。

読み手の側からすれば、
なぜそこで抗わないのか
不思議に感じるかもしれません。
しかし、現代では
そうした子どもが多いのです。
自分の身に降りかかる災難や困難を、
乗り越えようとするのでもなく、
回避するのでもなく、
無抵抗のまま受け入れる。
その先に「不登校」などがあります。

以前ある心療内科医が、
「雨が降っても傘をさそうとせず、
そのまま濡れる」心理状態と
解説してくれました。
「生きる力」の欠如した子どもが
少なからず存在するのです。
まさはるも、
そうした子どもの一人なのでしょう。

ネタばれになり、
申し訳ないのですが、
まさはるは体を乗っ取られる寸前に
助かります。
亮太が全く抵抗しないまさはるに
愛想を尽かしたのです。

緊迫感がない分、
その後に高揚感も訪れません。
助かった割には
まさはる自身に充足感もなく、
したがって重さを引きずったまま
物語は幕を閉じるのです。

さて、本作品をどう評価するべきか?
後味の良くない作品であるものの、
だからこそ問題提起に
成功していると思うのです。
生きるとはどういうことか、
亡霊からも見捨てられた
まさはるの姿から
考えるべき点は多いと思うのです。

生きる力の乏しくなった中学生に、
ぜひ読んで欲しいと思います。

※本作品が収録されている
 アンソロジー「それはまだヒミツ」は、
 2012年に出版されたものの、
 すぐに絶版状態となっています。
 江國香織の短篇集等に
 収録されているのかどうか
 確認できていません。

(2018.8.18)

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