ウラジーミル青年、完全敗北です。
「初恋」(トゥルゲーネフ/沼野恭子訳)
光文社古典新訳文庫
16歳の少年ウラジーミルは、
隣に引っ越してきた美しい女性
ジナイーダに恋心を抱く。
初めての恋にとまどいながらも、
彼の思いは燃え上がる。
しかし、ある日、
彼女が恋に落ちたことを知る。
相手は一体誰なのか…。
書名どおりの
ウラジーミル青年の初恋物語です。
そんなものライトノベルをあたれば
山ほどあるだろ、と言われそうですが、
そうした軽々しいものではないのです。
彼の恋の行く手には
困難に次ぐ困難が
待ち構えていたのですから。
まずはジナイーダが
年上の女性であること。
ウラジーミル16歳に対して
ジナイーダ21歳。
10代での5歳年上は大きいです。
高校1年生の男子に
大学3年生の女性と考えると、
その差の大きさがわかります。
加えて彼女が高慢で
一筋縄ではいかない女性あること。
何人かの男子を従えて
女王様気取りです。
ウラジーミルは誰が彼女の本命なのか、
疑心暗鬼を生じて
心は穏やかではいられません。
彼女はそれでいて
「自分を服従させる男性が好き」と
言い張るのですから
始末に悪いことこの上なしです。
そして何よりも
彼女が恋に落ちた相手とは…。
ある夜、
彼女の逢い引きの相手を確かめようと
庭に隠れて待ち構えていると、
現れたのは…、
何とウラジーミルの父親だったのです。
彼の父親はまだ若く(42歳)、
乗馬も得意な美男子。
まったく勝負になりません。
彼は戦わずして敗北するのです。
これで終わりではありません。
ウラジーミル一家が
モスクワ市内へと引っ越しした後、
父とジナイーダが密会しているのを
彼は目撃するのです。
口論していた父は、
彼女の腕を鞭で打ちつけます。
彼女は痛がるどころか、
傷痕に口づけをするのです。
痛みを見せず、
つけられた傷さえも愛おしむ
彼女の姿を見て、ウラジーミルは
完全に打ちのめされるのです。
自分が彼女に対して感じた恋愛感情は、
彼女が父へ向けた
愛情の比ではなかったのです。
これが最後のとどめとなりました。
ウラジーミル青年、
完膚なきまでにたたきのめされ
完全敗北です。
自分の父親が自分の初恋相手の
身も心も奪ってしまう。
ショッキングな
シチュエーションでありながら、
情事の場面などを一切描かず、
極めて美しく物語を展開させています。
海外の文学作品は
この点が素晴らしいといつも思います。
さて、本作品は一般に
自伝的小説と言われているのですが、
トゥルゲーネフが本当に
このような初恋をしたのかどうか、
興味のあるところです。
※ネタバレになり申し訳ありません。
名作ですからいいでしょう。
もともと私が読んでいた
新潮文庫版の表紙裏には
このネタバレが
しっかり書かれていましたから。
(2018.10.4)
【青空文庫】
※訳者が異なり、神西清訳です。
「はつ恋」(ツルゲーネフ/神西清訳)