「ダイヤモンドのレンズ」(オブライエン)

怪奇小説!? 犯罪小説!? 幻想小説!? いや…、

「ダイヤモンドのレンズ」
(オブライエン/南条竹則訳)
(「不思議屋/ダイヤモンドのレンズ」)
 光文社古典新訳文庫

「不思議屋/ダイヤモンドのレンズ」

「私」は、巫女の神託によって
完全なる顕微鏡を
つくる方法を知る。
友人シモンを自殺に見せかけて
殺害した「私」は、
その素材となる百四十カラットの
ダイヤモンドを奪い取り、
ついに顕微鏡を完成させる。
レンズの先に見えたものは…。

フィッツ・ジェイムズ・
オブライエン
という作家を
ご存じでしょうか。
1828年、アイルランド生まれの
アメリカの作家です。
代表作がこの
「ダイヤモンドのレンズ」です。
それ以上の予備知識のないまま
読み始めました。
筋書きから受ける印象が
めまぐるしく変化します。
なかなかに味わい深い作品です。

〔主要登場人物〕
「私」(リンレー)

…顕微鏡に取り憑かれた青年。
ジュール・シモン
…「私」の上階に住む友人。
 百四十カラットのダイヤモンドを
 隠し持っている。
ウルペス夫人
…霊媒師。「私」の求めに応じ、
 顕微鏡を発明した
 レーウェンフックの霊魂を召喚する。
アニミュラ
…「私」が創り上げた完全なる顕微鏡の
 視野の中に現れた美女。

〔本作品の構成〕
一 三つ子の魂
二 科学者の憧憬
三 レーウェンフックの霊魂
四 暁の眼
五 アニミュラ
六 覆水盆に返らず

本作品の味わいどころ①
怪奇小説!? 霊媒師の不思議な神託

「一」「二」では、
「私」が顕微鏡に取り憑かれるに至った
経緯が記されています。
いったいどんな展開を
見せるのだろうと思っていると、
現れるのが霊媒師。
オカルト的雰囲気が盛り上がるのかと
思って読み進めると…。
「私」はテーブルの下で
霊媒師にみえないように文字を書く。
霊媒師はそれに筆談で答えていく。
霊媒師がインチキをしていないことを
表す描写なのですが、
いたって現実的な操作に驚かされます。

「私」が求めたのは、歴史上はじめて
顕微鏡により微生物を観察し、
「微生物学の父」とも呼ばれている
レーウェンフック。
彼は1723年没ですから、
約130年前の人物の霊を
呼び寄せたことになります
(本作品発表は1858年)。
その霊は、どこまで本当かわからない
科学的知見を述べ、
完全なる顕微鏡制作のノウハウを
「私」に授けるのです。

この現実的な操作による
オカルト的降霊術、
19世紀の作品舞台から130年遡った
科学者によるスーパー科学の伝授、
この不思議な神託による
怪奇小説然とした雰囲気を、
戸惑いを感じながらも
丹念に味わうことこそ、本作品の
正しい楽しみ方といえるのです。

本作品の味わいどころ②
犯罪小説!? 「私」の演じる完全犯罪

怪奇小説の余韻が醒めると、次は
犯罪小説的展開が待ち受けています。
「私」はシモンが隠し持っている
百四十カラットのダイヤモンド
(顕微鏡作成のための必要不可欠の
素材)を奪うため、
自殺に見せかけて殺害する顛末が
描かれていくのです。
しかも「密室殺人」をつくり上げての
完全犯罪です。

本作品発表段階で、
すでにポー「モルグ街の殺人」
発表されていました(1841年)が、
ドイルはまだ生まれてさえいません。
ポーに次ぐミステリーの源流に
位置するかのような
作品となっているのです。
後のミステリ作家の多くが挑んだ
「密室殺人」「完全犯罪」を
いとも簡単に成し遂げた
オブライエンの手腕を、
入念に味わうことこそ、本作品の
正しい楽しみ方といえるのです。

本作品の味わいどころ③
幻想小説!? 視野の中に現れる美女

顕微鏡の中に
原子の世界の住人がみえる。
つい先日そんな作品、
今日泊亜蘭「最終戦争」を読みましたが、
それ以上の衝撃です。
なんとレンズの向こうに
絶世の美女が見える。
その姿は原子世界の住人の真の姿か、
微生物がそのように見えた
「私」の精神の錯乱の結果か、
血を流して完成した顕微鏡の見せる
呪いの技か、
いろいろな解釈を可能とする
展開となっているのです。
19世紀のファンタジーとでも
形容できそうな幻想小説的側面を
徹底的に味わうことこそ、本作品の
正しい楽しみ方といえるのです。

考えてみれば19世紀の文学など、
すべてのジャンルがまだまだ
黎明期だったはずです。
ぎこちなさや未熟さが
見られて当然であり、
それを味わうことこそ
古典的文学の楽しみ方なのです。
で、本作品のジャンルは何?
ジャンル分けなどどうでもいいのですが
実はSFの先駆け的作品として
評価されています。
古典的SF作家オブライエン。
ぜひご賞味ください。

〔オブライエンについて〕
フィッツ・ジェイムズ・オブライエン
冒頭に記したとおり、
1828年アイルランド生まれの
アメリカの作家です(1862年没)。
ダブリン大学で学んだ後、
ロンドンで生活するものの、
放蕩三昧で遺産を浪費、
24歳でニューヨークに渡ります。
作家として身を立てるのですが、
南北戦争での戦傷がもとで
34歳で早逝しています。
その作品の多くは
現在忘れ去られようとしています。
流通しているのは
本書一冊となっています。

※「オブライエン」で検索すると
 「ティム・オブライエン」の
 著書ばかりが出てきます。

〔「不思議屋/ダイヤモンドのレンズ」〕
ダイヤモンドのレンズ

チューリップの鉢
あれはなんだったのか? 一つの謎
なくした部屋
墓を愛した少年
不思議屋
手品師ピョウ・ルーが持っている
 ドラゴンの牙
ハンフリー公の晩餐
 解説/年譜/訳者あとがき

(2024.4.25)

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