金田一耕助の事件簿026
本当に横溝作品か!?色濃く薫る乱歩テイスト
「幽霊男」（横溝正史）角川文庫
裏通りのいかがわしい
ヌードモデル斡旋業者
｢共栄美術倶楽部｣。
そこに現れた
異様な風体の人物･幽霊男に
指名されたモデルが、
血で真っ赤に染まった
浴槽で発見される。
事件はそれだけにとどまらず、
倶楽部の女が
次々に殺害される…。
横溝正史の金田一耕助シリーズ
長篇作品の一つです。
東京を舞台にして起きる事件であり、
例によってエログロ色の強い
作品となっているのですが、
他の横溝作品とは
手触りが異なります。
まるで江戸川乱歩が書いたような
テイストなのです。
【事件簿File-026｢幽霊男｣】
〔事件発生〕
昭和29年1月(東京)
〔依頼人〕
建部達人…新東京日報社専務
〔捜査関係者〕
等々力警部…警視庁捜査一課警部。
新井刑事…警視庁捜査一課刑事。
進藤警部補…荻窪署捜査主任。
海野警部補…早稲田署捜査主任。
安井警部補…伊豆S署捜査主任。
木村刑事…伊豆S署刑事。
〔事件関係者〕
幽霊男(佐川由良男)
…｢佐川幽霊男｣を名乗る不気味な男。
自称画家。
広田圭三
…ヌードモデル仲介業｢共栄美術倶楽部｣
支配人。
加納三作
…大病院の外科医長。
倶楽部の常連客の一人。
建部健三
…新東京日報社社会部記者。
倶楽部の常連客の一人。
菊池陽介
…道楽男。倶楽部の常連客の一人。
小林恵子
…倶楽部所属モデル。
幽霊男がモデルに指名。
第一の犠牲者。
宮川美津子
…倶楽部所属モデル。
建部健三に惚れている。
一度拉致され、生きた状態で
発見されるが、その後、殺害される。
第四の犠牲者。
都築貞子
…倶楽部所属モデル。伊豆の百花園で
殺害される。第二の犠牲者。
武智マリ
…倶楽部所属モデル。殺害される。
第三の犠牲者。
西村鮎子
…倶楽部所属モデル。
一番の売れっ子。第五の犠牲者。
奥村
…倶楽部事務員。
小林浩吉
…恵子の弟。
姉の仇を討つために奔走する。
津村一彦
…精神異常をきたし失踪した画家。
蜘蛛の収集が趣味。吸血癖あり。
津村恭子
…一彦の妻。
河野十吉
…人形制作の名人。幽霊男から
西村鮎子の蝋人形制作を依頼される。
河野篠
…十吉の妻。
夫の仕事を不安に感じ、警察に相談。
梶原
…浅草の劇場で鮎子の相手役
｢幽霊男｣を演じるダンサー。
マダムX
…謎の女性。
警察の加納三作逮捕を実力阻止する。
本作品の味わいどころ①
乱歩キャラか!?
猟奇的殺人マニア･幽霊男
味わいどころの一つめは、
当然この｢幽霊男｣なる
悪役キャラクターです。
この幽霊男、
歯が三本しかないという口を
これ見よがしに見せたり、
顔を包帯でぐるぐる巻きにして
目と口だけを覗かせるという風貌
(そうなると幽霊男というよりも
透明人間もしくはミイラ男なのだが)で
現れたりと、
特異な外見を誇示する怪人です。
しかも神出鬼没で
疾風のように殺人を繰り返すという
神がかり的犯罪者でもあるのです。
さらには美術品を制作するように、
死体を弄んで造形する
猟奇的殺人マニアでもあり、
共栄倶楽部のモデルだけを
付け狙うという偏執狂でもあるのです。
こうしたキャラクター造形は、
戦後の横溝作品には珍しいものであり
(戦前作品には｢獣人｣｢真珠郎｣など
いくつかあるが、
戦後の特に金田一ものでは
本作品くらいなのではないか)、
むしろ乱歩的なのです。
乱歩作品を探せば、
｢蜘蛛男｣｢黄金仮面｣｢人間豹｣など
そうした悪役キャラは
いくつも見つかります。
この乱歩的キャラ･幽霊男を
まずはじっくり味わいましょう。
本作品の味わいどころ②
ジュヴナイルか!?
スーパーレディ･マダムX
そうした特異なキャラが、
本作品ではもう一人登場します。
金田一や等々力警部を
手玉にとるように、
幽霊男(と考えられる容疑者)の逃亡を
幇助する女性･マダムX。
いったい何者？
物語は中盤を過ぎて、
やや現実離れの様相を呈してきます。
まるでジュヴナイル･タッチです。
さらに姉･恵子を殺害された
弟･小林浩吉が、
幽霊男の追跡劇を二度にわたって
繰り広げるのですが、その方法は
何と幽霊男の運転する車のトランクに
忍び込んで、そのアジトを
突き止めるというものです。
これも乱歩がしょっちゅう
少年探偵団シリーズで
明智小五郎の助手･小林少年に
行わせていた手法です。
こちらも苗字は｢小林｣ですから
｢小林少年｣です。
ジュヴナイルのような乱歩的設定を、
次にしっかりと味わいましょう。
本作品の味わいどころ③
解決できるのか!?
失策を重ねる金田一耕助
本作品での金田一は、
やや精彩を欠きます。
調査依頼を受けて以降の、
第二･第三の殺人は、
自身が潜入捜査をしていた
その場で起きた殺人事件です。
第四の殺人は、
一度生存が確認された被害者を
再度拉致されての殺害です
(こちらは警察の怠慢か？)。
さらに第五の事件は、
みんなが何か起きるにちがいないと
思ってみていた劇場での殺人です。
そこにも金田一(と等々力警部)は
立ち会っていたのですが、
殺人を防ぐことはできなかったのです。
例によって最後の一人は
何とか救出するのですが、
三度金田一と警察を出し抜いた
幽霊男の手際のよさと
謎に満ちた犯行手段を、
十分に堪能すべきでしょう。
ところで、金田一の潜入捜査、
ボーイになりすまして
伊豆百花園に張り込むのですが、
その風貌でボーイの制服を着ても
悪目立ちするだけでしょう。
そうした場面を想像する愉しさも
本作品にはあるのです
(ちなみに金田一の潜入捜査は
｢華やかな野獣｣(ボーイに変装)、
｢暗闇の中の猫｣(占い師に変装)などが
あります)。
乱歩の明智探偵は怪人二十面相をも凌ぐ
変装の名手なのですが、
金田一はきっと変装が
苦手なのでしょう。
ここだけは｢乱歩的｣ではありません。
金田一耕助の登場する作品は77。
その一つにこうした｢乱歩的｣な作品が
あってもいいではありませんか。
戦前の由利･三津木シリーズは
そうした傾向が見られた
作品ばかりでしたので。
一つ一つの作品を、
そのまままるごとじっくり味わうのが
読書の愉しみというものです。
（2023.9.1）
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（2023.9.2）
〔角川文庫｢幽霊男｣表紙･昭和版〕
杉本一文画伯の装丁画が素敵です。
〔金田一シリーズはいかが〕
〔由利･三津木シリーズはいかが〕
〔乱歩の個性的な悪役キャラ〕
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