「ロリータ」(ナボコフ)

何度も咀嚼する必要のある、多くの「顔」を持つ作品

「ロリータ」(ナボコフ/若島正訳)
 新潮文庫

「ロリータ」新潮文庫

12歳の少女・ロリータ
(ドローレス・ヘイズ)に
一目惚れした文学者・
ハンバートは、
彼女に近づく好機として、
彼女の母親・シャーロットとの
結婚を承諾する。
シャーロットが
不慮の事故死をし、
ハンバートはロリータを
自動車に乗せ…。

ロリータ・コンプレックス、
通称ロリコンという言葉を派生させた
源であるナボコフの「ロリータ」。
そのイメージから、
本を購入するも
読むのをためらって数年、
夏休みを利用して読了しました。
いかがわしい内容を扱っているものの
いかがわしい小説では
ありませんでした。
世界の文学史上に残る、
限りない奥行きを持った
作品であることを認識しました。
それは、本作品がいくつもの
「顔」を持っていることに、
遅まきながら気づくことが
できたからです。

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新潮社
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本作品の「顔」①
異常心理を描く犯罪的サイコミステリ

通俗的なエロティック小説では
ないことは、すぐに分かります。
次に考えられるのが
ミステリとしての側面です。
母親の死後、
キャンプに出かけていたロリータに、
その事実を告げないまま車で観光、
ホテルで関係を結んだ以後の
逃避行劇は、犯罪小説さながらです。

本作品の「顔」②
自由の国アメリカを巡る逃避行の紀行

その逃避行は、
アメリカ各地の観光名所を巡り、
読み手にとっては
アメリカ観光案内とも
受け取ることができます。
これはナボコフ自身にとってアメリカが
未知の国であり
(ロシアから西欧へ亡命、さらに渡米、
帰化。本作品執筆時、
アメリカはまだ未知の土地)、
各地を転々とした際の見聞が本作品の
描写として結実しているのです。

本作品の「顔」③
多彩な言葉遊びによる文学的ジョーク

では、「ミステリ」と「紀行小説」という
安易な作品かというと、
決してそうではありません。
全篇に言葉遊びがちりばめられ、それが
どういう種類のジョークであるか、
一読しただけでは理解できないのです。
ところどころに日本語訳のルビとして
原文のカタカナ表記が付され、
何か隠された意味があるのだと
感じるのですが、
十分な理解には及びません。
原文を読むだけの英語力があれば、
本作品の理解は
数百倍に高まるものと考えられます。

それにしてもナボコフは、
人生の前半で使っていた
ロシア語を捨て、
英語で本作品を執筆しているのです。
それでいてこの言葉遊びの連続。
(ナボコフの執筆時の年齢に、
今の私は同じなのですが、
英語で文章を書けといわれても
中学生の英作文以上のものは
書けません。)驚くべき語学力です。

本作品の「顔」④
読み手を煙に巻くシュールレアリズム

「文学的ジョーク」が連続していながら、
文体は決して軽くありません。
訳文を読んだ印象としては
安部公房を想起させます
(ナボコフの文章構造がそうなのか、
若島正の訳文の癖がそうなのか、
わかりませんが)。
まるで読み手の正確な読解を
拒むかのような文体です。
一筋縄ではいかない理由が
ここにあります。

本作品の「顔」⑤
重大なメッセージを内包した暗喩作品

本書の素晴らしさは、訳者・若島正による
「注釈」と「あとがき」にあります。
そこにはナボコフが作品中に記した
日付の矛盾点が指摘されるとともに、
それがハンバードによる
最後の殺人や服役の記述が
ハンバード自身の精神錯乱による
空想である可能性を指摘しています。
それだけでなく、
謎めいた記述の数々が、
ナボコフの単純ミスか、
それともある意図を持って
設定されたのか、
問題提起を行っているのです。
もしそれが緻密に計算された
フェイクである場合、
本作品は何らかの
重大なメッセージを内包した
暗喩的作品である可能性が
高まるのです。

極めて難解な文学作品です。
この半世紀の間、
本書・若島正訳以外は大久保康雄訳しか
存在しなかった理由が分かります。
おいそれと日本語訳できる
作品ではないのです。
禁断のエロスを表現した
低俗作品どころか、
何度も咀嚼しなければ、
その作品世界の奥行きも、
作者ナボコフの意図も、
全く見えてこないであろう
深遠な構造を持った
恐るべき作品なのです。
間違いなく人生で
一度は読んでおくべき作品です。

(2022.9.5)

Taylor HardingによるPixabayからの画像

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