「車中の毒針」(快楽亭ブラック)

この語り口でなければ絶対に成り立たない

「車中の毒針」(快楽亭ブラック)
(「明治探偵冒険小説集2」)ちくま文庫

馬車が終点に到着し、
加納は乗り合わせた婦人を
揺り起こそうとするが、
すでに事切れていた。
婦人は十七八歳の若さだったが、
医者は心臓死と判断する。
しかし、加納が車中から
拾い上げた着物止めの針は、
実は毒針になっていた…。

以前取り上げた「流の暁」の作者にして
外国人落語家の
快楽亭ブラックの作品です。
「流の暁」同様、
何ともいえない味わいがあります。

【主要登場人物】
加納元吉
…油絵師。殺人事件に遭遇する。
伊藤次郎吉
…加納の友人。探偵が趣味。毒針を
 預かり事件を解明しようとする。
土屋弥平
…代言人(当時の弁護士)。
山田金三郎
…隠居した商人。
 兄の遺産を欲している。
山田お高
…金三郎の娘。加納を好いている。
山田一蔵
…金三郎の兄。財産家。亡くなる。
井上
…山田一蔵の番頭。
鈴木お勝
…車中で殺害された少女。
 一蔵の妾の子。
鈴木お延
…加納の絵のモデル。お勝の妹。

本作品の味わいどころ①
滑稽な動きを見せる登場人物たち

謎の毒針による完全犯罪という、
本格的推理サスペンスの
骨格を持ちながら、
登場人物たちはいたって滑稽な動きを
見せます。
探偵役を買って出る伊藤は、
見事被害者の身元を突き止めますが、
それは知らぬこととはいえ
殺害した犯人・土屋に捜査協力の
依頼をしてしまったからです
(伊藤は土屋を元警察官と
勘違いしていた)。
捜査をしているようで実は
犯罪の片棒を担がされているのですから
お笑いです。
加納も翌日に犯人と考えられる
土屋夫妻に会いながらも、
尾行が簡単に失敗、知人の山田が土
屋と顔見知りであることを知りながら、
それ以上しっぽをつかめない。
何とも間抜けな探偵役の二人なのです。

本作品の味わいどころ②
重なりすぎる偶然

たまたま殺人事件に
遭遇した加納ですが、
出入りしている山田が
犯人と懇意であり、
モデルとして雇っているお延が
被害者の妹であり、
友人の伊藤が頼ったのが
犯人・土屋であり、
自身が事件翌日に劇場で
犯人夫妻と遭遇するという、
考えられないくらい
偶然が積み重なります。
何か裏があるのか?
もしや加納が
事件の本当の中心にいるのか?と
深読みすると、
期待はまったく裏切られます。
何とも珍妙な筋書きなのです。

本作品の味わいどころ③
それらを繋ぐ講談調の語り口

間抜けな二人の探偵役と珍妙な筋書き。
普通であればミステリとして
成立しないのですが、
それらを飲み込み、
作品として成立させているのが
講談調の語り口です。
ミステリとは
相性はよくないはずでありながら、
本作品はこの語り口でなければ
絶対に成り立たないのです。

舞台はフランス、
本格的推理サスペンスの骨格を持ち、
メグレ警視でも登場しそうな雰囲気を
醸し出しながらも、
元吉・次郎吉が笑える動きをする
江戸の捕物帖を読んでいるような
錯覚に陥る、
不思議な味わいを持つ作品です。
何か珍しいミステリはないかと
探している貴方に、
ぜひお薦めします。

(2021.10.25)

Arek SochaによるPixabayからの画像

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